わが闘争 ~それでもズル熊はズルい~
こんにちは、加藤名人万歳であります。私がズル理論を提唱して、はや10年になりますが、未だズル勢力は巨大であります。しかしながら真実は必ず勝利するのです。ともに手を携えズルと闘おうではありませんか!
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参議院の「合区」は妥当か?
  「一票の格差」の縮小を目的に、隣接した県を合体して参院選の選挙区とする「合区」が話題となっております。果たして妥当な案なのでありましょうか。

  これについて識者からは「できるだけ一票の格差をなくそうとすると、合区を取らざるを得ない。すると、大都市選出の国会議員が圧倒的に多くなり、地方選出の議員がどんどん少なくなっていく。(中略)大都市中心の国会になってしまうと、地方に根付いた日常的なことに関心が薄れてしまう。(中略)本当にそれで良いのだろうか」《片山善博・慶応大教授(元鳥取県知事)》、「『とにかく投票価値を1人1票にしろ』という主張が目立ち、『何のために投票価値を平等にしなければいけないのか』という検討が不足している。そうした中で都道府県の枠を崩していいのか。(中略)投票価値の平等というスローガンだけで話を進めると、全国民の代表機関として、国会がふるまえなくなる懸念がある」《木村草太・首都大学東京准教授(憲法学)》(朝日新聞)といった声が上がっております。

 わたくしはいずれの主張にも一理あると考えますが、具体的な解決策が見えません。それは何ゆえでありましょうか。

 今世間では、国会議員の定数を削減しなければならないということが、さも当然のように主張され、受け入れられております。このことが、問題の解決を困難にしている最大の要因なのであります。わたくしは、一票の格差を平等にしなければならないとの主張自体に懐疑的でありますが、個人を何よりも尊重する現行憲法においては、裁判所がそのような結論を出さざるを得ないということには理解できる面もございます。一方で、地方代表を減らし、都市部の議員ばかりにしてしまうのであれば、「全国民の代表機関としての国会」としての機能を果たせなくなるのではないかとの懸念があることは、木村准教授の指摘のとおりであると考えます。

 一票の格差解消と全国民の代表機関としての国会機能の堅持。この憲法上の二つの要請を実現する道はただ一つ。国会議員の増員以外にはございません。地方選出の国会議員を維持しながら、都市部の定数を増やせばよいのであります。

 このようにいうと、「加藤名人万歳は定数削減に反対なのか。身を切る改革に反対なのか」と、ズル勢力の宣伝を真に受けた善良なる市民の批判を浴びるかもしれません。しかし、民主主義とは、そもそも時間とカネ、労力がかかる制度なのであります。コストや効率のみを重視し、議員は少なければ少ないほうがよいという議論を突き詰めれば、これは独裁政治がよいということになってしまいます。民主主義の理想は直接民主制であります。しかし、直接民主制は現実にはなかなか困難な面もあることから、便宜上、間接民主制=議会制民主主義がとられていると考えるべきであります。したがって、間接民主制といえども、できるだけ直接民主制に近い形で、国民の意思が正確に反映される制度が望ましいということになるわけであります。昨今の国・地方の議会の定数削減論議は、民主主義否定の論議と言っても過言ではございません。

  いわゆる「身を切る改革」なるものは、ズル政党が掲げる欺瞞にすぎません。議員定数の削減によって切り捨てられるのは、地方の声であり、少数者・社会的弱者の声にほかなりません。定数を削減すればするほど、ズルな議員だらけになっていくということは火を見るよりも明らかだからであります。一方、国会議員の給与など、国家財政全体からすると、たいした金額ではございません。我々は民主主義国家の国民であります。民主主義のコストとして、大盤振る舞いするぐらいの度量を持つべきであります。ここは思い切って、国会議員の定数を大幅に増員することを提案いたします。

 わたくしがこうした問題にこだわるのが、この問題にも昨日述べた「コスト至上主義」を感じるからであります。コスト至上主義は人間にとって大事なことを忘れてしまい、金のことばかりチマチマいう人間軽視の思想であり、ズル勢力の支配を支えるイデオロギーであるといってよいでしょう。我々はこのコスト至上主義を打破しなければならないのであります。

 こんなことになったのもすべてズル熊のせいだ!ズル熊が人間性を喪失させ、人間軽視の殺伐とした社会をつくってしまったのである。
 
 ズル熊は禁止!禁止!撲滅!撲滅!粉砕!粉砕!闘争!闘争!
 
 われらが偉大なる指導者=加藤一二三名人万歳!!!
 われらが親愛なる指導者=青野照市名人万歳!!!
 われらが輝ける希望の星=豊島将之名人万歳!!!
 革命いまだならず。同志奮起せよ!!!
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この記事に対するコメント

小さい政府という言葉は眉唾物と思っています。結果を先に言えば、この世の支配者である金融ユダヤ人(二ムロデの子孫を自称するカナン人=フェニキア人=ベニスの商人の末裔)にとっては、乗っ取りターゲットの国の政府の力が弱く、国民の民度が低ければ低い程都合が良いのです。国の中心都市部を乗っ取る為には、まず人々の関心の薄い地方が、狙われます。私の市にも米国国務省からハナミズキを持ってきましたが、戦後100周年の友好とは見かけで、実はTPPに向けた偵察だと思っています。日本は、民主主義ではありません。そう思い込まされているだけです。もし日本が、民主主義の国なら米国の様な大統領制の共和国です。日本は、君(天皇)民一対の君民共治です。飛騨(高天原)の大泡上方様の時代から続く(出雲新羅勢力とその後の百済勢力とか明治天皇からのガーター騎士団入り等有りますが)天皇家が本家で国民が分家というのが、日本の姿です。天皇は、民の幸福を願い、民は本家である天皇の健康と長寿を願い、互いに心を一つにしてこの国を美しく磨くことが、国の安定に繋がるのですが、長年左翼教育で大切な事は、全く触れられていません。今の政治も企業株式も彼の勢力とその奴隷達にほぼ乗っ取られている状態です。国民の洗脳が解ける事が待った無しの危機的状況だと捉えています。長文失礼しました。
【2016/02/26 02:35】 URL | 三毛猫 #- [ 編集]


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