わが闘争 ~それでもズル熊はズルい~
こんにちは、加藤名人万歳であります。私がズル理論を提唱して、はや10年になりますが、未だズル勢力は巨大であります。しかしながら真実は必ず勝利するのです。ともに手を携えズルと闘おうではありませんか!
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楽しく学ぼうズル理論(その5)~古典学習のすすめ
21世紀将棋界の展望(2001年新年挨拶)

 全国の将棋ファンの皆さん、新年、そして、新世紀明けましておめでとうございます。今世紀もどうぞ宜しくお願い致します。わたくし加藤名人万歳は、今世紀も将棋界の発展のため、力を尽くす所存であります。皆さんの変わらぬ御支援を、この加藤名人万歳に、なにとぞ宜しくお願い致します。

 20世紀がズルの世紀であるとすれば、21世紀はズル成敗の世紀となることでしょう。しかし、この21世紀の大事業は、容易に成就するものではありません。これからもズルの台頭は続くでしょう。ズルにより将棋が滅亡するのか、それともズル成敗により将棋が再生するのか、というギリギリの大勝負となることでしょう。

 ズル成敗の一手段として、最近、家元制の復活が唱えられました。この提唱は、全面的に賛成とはいかないものの、私の関心を大いに引きつけるものでありました。

 確かに現在の「実力」制名人戦は、ズル棋士が天下をとったことにより形骸化し、その権威が大いに失墜しております。しかし、わたくしと致しましては、この「実力」制名人戦は、ズル名人戦として存続し、新たな名人位を設けたほうがよいのではないかという見解なのです。

 わたくしは、最近、仮に家元制を復活させるとすれば、「現在の名人は加藤一二三名人であり、それを継ぐのは青野照市名人である」との見解を示しました。さらにこれを継ぐと見られていたのは郷田8段でありました。しかし、郷田8段の将棋は、最近ズル熊に染まってしまい、すっかりサビついてしまいましたので、将来の名人候補から脱落してしまいました。郷田8段が脱落していくなかで、なんと、羽生五冠王が有力な名人候補として浮上してきました。

 郷田8段に代わって私が注目しているのは、渡辺四段であります。私が調査しましたところ、渡辺四段は、十代で四段になったというばかりでなく、振り飛車には急戦で挑み、加藤名人の先手矢倉を正々堂々と受けて立つという将来の名人にふさわしい条件を備えています。この時は、加藤名人の先手矢倉によって、実力どおり粉砕されていましたが、このことは、将来の名人候補としての評価をますます高めるものでありました。

 以上の検討により、現在の名人は加藤一二三名人であり、これを継ぐことが確定しているのは青野照市名人です。青野名人は、名人にを継ぐことが確定しているため、「名人」と呼んで構わないわけです。そして、後継名人を争っているのが、羽生五冠王と渡辺四段であります。

 しかしながら、私一人で名人にを決めるのは、非民主的でありましょう。ゆえにわたくしは、家元制の復活ではなく、「民主主義的名人位」を提唱致します。

 「民主主義的名人位」とは、一人一人が「あの人こそが名人にふさわしい」と思った棋士を、それぞれが自由に「名人」と呼ぶものです。よって、私の場合ですと、「加藤名人」、「青野名人」となるわけです。

 しかし、名人位というものは、なるべく統一されたほうがよいし、個人に任せておいて、果たして正しい判断ができるのかというと、はなはだ疑問なわけです。よって、私が誰が名人にふさわしいかを示しますので、皆さんはそれを参考に判断されるのがよいかと思います。無論、私の判断に誤りがあると思われる方は、どんどん批判を加えられるもよし、他の棋士を「名人」と呼ぶのもよし、というわけです。

 かつてガリレオ=ガリレイは、「地球が太陽の周りを回っている」という本当のことを言ったばっかりに、当時のズルスト教世界に激しく迫害され、その学説は、その後二百数十年にわたって闇に葬られてしまいました。人々の精神を支配するという既得権益を持つズルスト教会にとってみれば、聖書の内容に疑問を持ち、真実を追求しようという態度そのものがおこがましく、許されざることだったのです。こうした旧来の価値観に固執し、真実から目をそむけたために、社会に大きな損失を与えたという事例は、歴史のいたるところに存在します。

 こうした歴史の教訓をふまえ、将棋界もまた、既成の観念にとらわれることなく、真実に自由に目を向けるという態度が求められているのです。将棋界においては、「アマチュアが将棋を論ずるのはおこがましい」などという遅れた意識がまだまだ根強く、真実から目をそむけているといわなければなりません。このような意識を脱却し、自由な論議をすることこそが、将棋界の危機脱却の道なのであります。
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