わが闘争 ~それでもズル熊はズルい~
こんにちは、加藤名人万歳であります。私がズル理論を提唱して、はや10年になりますが、未だズル勢力は巨大であります。しかしながら真実は必ず勝利するのです。ともに手を携えズルと闘おうではありませんか!
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走る人はなぜ横着なのか
 わたくしは昼の散歩を日課にしております。近くの公園を歩くことで健康状態の維持を図るとともに、現下のズル情勢とその打開策等々について思索を巡らすのであります。こんなわたくしのゆったりとしたささやかなひとときを、昼休みにジョギングをする人々が邪魔をするのであります。彼らはなぜか、歩道の真ん中を走るため、わたくしの方が避けないとぶつかりそうになります。

 かつて登山をしていたときにも同様のことがございました。走る人に対しては「感心なことだ」とは思うのでありますが、周囲の人々への配慮を欠いているケースが少なくありません。一言で言うと、横着なのであります。歩く人よりも走る人の方が偉いのでありましょうか。そんなことはないはずであります。むしろ本来は、走る人が歩く人に対して配慮することが必要なはずであります。

 どうも今の世の中、普通電車よりも特急電車、特急電車よりも新幹線、さらには飛行機と、スピードのあるものがスピードのないものよりも価値あるものとして重視されております。そのために、様々な弊害が現れていることについてはこれまでに論じたとおりであります。

 人間についても同様に、走るほどの体力のない人よりも、せかせかと走って体力をつけ、ズル勢力の利益に貢献することが人間としての価値が高いかのような風潮が強まっているのではありますまいか。世の中の価値の尺度がすべてズル勢力の利益に資するのか否か、換言すればすべてが市場価値によって評価されているかのようであります。そんなズル勢力の雰囲気を感じ取り、走る人たちは横着になっているのでありましょう。

 スピードばかりが過度に重視されるならば、体力のない人、病気の人などはますます暮らしにくい世の中になりかねないという懸念がございます。また、健康な人であっても仕事に追われ、命を削るような過酷な労働がさらに深刻化しかねません。しかし、人間は皆対等平等であり、個人は皆尊重されるべきことはいうまでもないことであります。体力のある人は体力が弱い人を、健康な人は病気な人を思いやってこそ、健全で豊かな社会たり得るのであります。

 「情けは人のためならず」との言葉もございます。自分が走ることのみに気をとられ、他人へ配慮する余裕がなくなっては、結局のところ自分の首を自分で絞める結果となってしまうのであります。それだけは改めて読者諸君とともに確認したいところであります。

 こんなことになったのも、すべてはズル熊のせいではありませんか。ズル熊は一切禁止とすべきであります。

 我らが偉大なる指導者=加藤一二三棋聖万歳!!!
 我らが親愛なる指導者=青野照市王座万歳!!!!
 革命未だ成らず。同志奮起せよ!!!!!!!!!
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