わが闘争 ~それでもズル熊はズルい~
こんにちは、加藤名人万歳であります。私がズル理論を提唱して、はや10年になりますが、未だズル勢力は巨大であります。しかしながら真実は必ず勝利するのです。ともに手を携えズルと闘おうではありませんか!
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下記はわたくしの偽物であります
 下記はわたくしの偽物であります。我が陣営内の一部過激派がわたくしを陥れようとして仕組んだ攻撃であります。わたくしは引退など一切考えておりません。子どもにズル熊を教えるとはとんでもない!このことはわたくしが繰り返し論じてきたところでありますから、改めては言いますまい。

 さて、管首相は2次補正と公債特例法案、さらには再生可能エネルギー促進法案の成立を「一定の目処とする」ことを表明いたしました。これは「退陣表明」では一切ありません。また、この三法案が成立しないかぎり、堂々と続投することを宣言したということであります。

 これに対し、与野党問わず批判が噴出し、与党内の離反も相次いでいます。さらにはマスコミの攻撃も激化しております。まさに四面楚歌の管首相でありますが、そう簡単に最高権力者の座を明け渡してなるものかという気概を感じます。我らが亀井静香補佐官とともに、誰が何と言おうと一切無視して、行き着くところまで権力の座にしがみついていただきたいものです。がんばれ、管首相!

 このように力強い指導者をかつて見たことがない!これで自公民三党の「信頼関係」も完全に崩壊し、わたくしがもっとも恐れていたズル連立も遠のきました。これは管首相と我らが亀井代表の偉大な功績であります。後世において高く評価されることでありましょう。

 執着!執着!権力!権力!革命!革命!勝利!勝利!
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将棋界引退宣言
 わたくしは今月いっぱいまでで、将棋界を引退することといたしました。今後、将棋のズル化がいかに進行しようとも、これは一切わたくしの預かり知らぬところであります。

 わたくしはこれまで、「ズル熊はズルである」と一貫して主張してまいりましたし、この考えは現在も微動だにしておりません。しかしながら、ズル熊という一つの戦法を、将棋のルールで禁止することはきわめて難しいのではないかという気がしてまいりました。

 よって、ズル熊が容認されている以上、子供たちにもまた、最初からズル熊を教えることを奨励せざるを得ないのであります。よく、「最初のうちはズル熊はせずに、急戦を覚えるべきだ」などといわれますが、これは真実に忠実な態度とはいえません。これは、ズルな大人が、自らの権威を守るために、子供たちに真実とは異なることを教え、上達の遠回りをさせているといわざるを得ないのであります。

 ここに将棋の限界があるのです。わたくしはこのような将棋に対し、最近は絶望感を覚えるようになり、もはやズル問題なども含め、将棋のすべてがどうでもよくなってまいりました。

 念のために申し添えますが、これは将棋そのものに内在する宿命的な限界なのであり、わたくしの理論の限界ではないのであります。
楽しく学ぼうズル理論~古典学習のすすめ(その4)
ズル理論序説

 全国のズル理論支持者および反ズル熊党の皆さん、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

 今、日本は戦後最大の不景気となっております。この根本的原因とはなにか。気が付いているのはズル論者のみというのが今日の日本の状況であります。

 平成大不況は、20世紀日本が残した負の遺産によるものであります。 19世紀が植民地主義の時代であるとすれば、20世紀はズルの時代であります。日本社会のあらゆる制度、人心、芸術、学問等がズル化し、すっかり荒廃してしまっております。また、それゆえにこれを改めることもできず、今日の停滞があるのです。ズルによって荒廃した制度を、ズル勢力がますますズル化することによって乗り切ろうとしているのが現状でありますから、問題の解決が長引いているわけです。よって当分解決は無理でしょう。傷口に塩を塗る行為では問題は悪化するばかりです。

 社会のズル化は、その社会のあらゆる部分に浸透します。将棋もまたその例外ではありません。将棋もまた、20世紀後半に加速的にズル化し、今日の衰退を招いているのです。

 ズル化の根本的原因が穴熊にあることは、もはや論を待たないところでありましょう。そして、ズル熊のズルさは、ズル熊以外の戦形にも、幅広く転移しております。将棋はいまや、ズルというガン細胞に侵されているのであります。

 しかしながら、ズル熊というガン細胞を除去し、将棋を再生しようという勢力は、今のところ少数にとどまっております。それはなにゆえか?将棋界の多くがズル熊をはじめとするズルに染まり、ズルによって利益を得ているからであります。彼らズル勢力は、ズル熊という自らの既得権益を失うことを恐れ、ズル理論を激しく攻撃し、口汚く罵りました。しかし、彼らの攻撃は、単に感情論にすぎなかったため、科学にまで高められたズル理論との論争に敗れ、ズル理論は論争には完全に勝利しました。

 しかし、ズル熊禁止までの道程は非常に険しいといわざるをえません。なぜならば、現在の将棋界を支配しているのはズルという既得権益をもつズル勢力であり、そのズル勢力は、ズルの隠蔽に手を貸しているマスコミと観戦記者によって守られているからであります。ズルという甘い汁に味をしめた彼らは、ズルを使って、真面目に努力する者の苦労を踏み躙り、弱者いじめをしてきたし、これからもするでありましょう。彼らは詭弁を弄してズルを隠蔽しようとし続けるでしょうが、黒を白といいくるめようとする彼らの主張に、善良なる将棋ファンがいつまでたっても騙され続けるということはありえないでしょう。

 かつて、ガリレオ=ガリレイは、「地球が太陽の周りを回っている」と本当のことをいったばっかりに、キリスト教に洗脳された人々と、彼らの内面を支配するという既得権益を有するキリスト教会から激しく迫害されました。真実というものは、古い価値観に固執する人々の抵抗を生み、とくにそれが既得権益と結びつくときにはより熾烈なものとなるということは、人類の歴史が教えるところであります。しかし現在ではどうでしょうか。天動説など単なる笑い話にしかなりません。真理がひとたび人々の心に入りこめば、何人たりとも再びこれを奪い去ることはできません。

 人間性に反するズルの元凶=ズル熊の禁止。これは絶対に成し遂げなければなりません。そしてその前に何よりもまず、「穴熊はズルである」という当たり前の主張が通るようにしなければなりません。

 人間性に反するズルの大将=ズル熊は、将棋のズルの元凶であるとともに、現代社会のズルを象徴しております。 20世紀の遺物、 諸悪の根源=ズル熊の禁止。これなしに将棋界の未来はありえません。

(「穴熊はなぜズルいか?」 一二三書店 序文より 2002年)

楽しく学ぼうズル理論~古典学習のすすめ(その3)~
ズル理論用語集(改訂版)

(1)ズル
  特段の工夫もなく、実力に関係なく勝ちやすい形・戦法・囲いをいう。穴熊、ズルシステムがその代表例である。将棋の一要素。

(2〉偶然
  ズルの量に比例して増大する。あるいは、ズルの現象形態であるともいわれる。偶然の分析により、ズル問題の本質に迫ることが可能である。たとえば穴熊においては、偶然勝ちになったり、偶然受かったりという場面が頻出する。「偶然的に」、「偶然性の要素」等という使用法もある。

(3〉ズル方程式
  将棋の勝敗=実力+研究+ズル+偶然。将棋の一般方程式であり、将棋を映しだす鏡である。ズル理論の骨格をなす。

(4) 偶然方程式
  偶然=ズル×a(aは定数)。換言すると、「偶然は、ズルの量に比例して増大する」となる。ズル方程式を補完する方程式である。

(5〉ズル理論
  将棋にズルという要素があると主張する理論。本来感情的な言葉にすぎなかった「ズル」を、「実力に関係なく勝ちやすい」という客観的な状態によって根拠付けた点は、画期的であった。このズルの定義とズル方程式が理論の骨格をなす。具体的には、穴熊のズルさを強調し、その禁止を主張している。

(6)ズル形
  自玉に火が付き、相手玉が穴熊であるため、どうにもならない局面をあらわす。
通常はまだまだの将棋であっても、相手玉が穴熊であるばっかりに、ズルをされ放題となってしまう。ズルをする側は、何回間違ってもよいという気楽さがあるが、ズルをされる側は、腸が煮え繰り返るほど腹が立つ。

(7)Z(ズ)
  ズル形の一つで、穴熊玉は絶対に詰まない形なので、相手玉に詰めろさえかければよい状態のこと。ゆえに、駒を何枚捨てても必死さえかければよいということになるため、きわめてズルな指し手が展開される。
Zは、一般的には「ゼット」というが、穴熊の場合にまで「ゼット」というと、ズルを隠蔽する結果となるため、適切な発音ではない。

(8)成敗形
  穴熊に対する勝ちの局面のことをいう。
ただし、相穴熊はどっちもどっちなので、この言葉を使うのは適切ではない。ただし、すでに自分の穴熊が消滅している場合はこのかぎりではない。

(9)真面目形
  銀を繰り出したり、飛車を浮いたりして、真面目に駒を進めるも、相手のズルなさばきにより、駒が立往生してしまっている状態をいう。対穴熊や対ズルシステムで、ズルをされた状態ではよくあらわれる。また、穴熊側が、穴熊であるにもかかわらず真面目に銀などを繰り出して、飛車角銀桂で真面目に攻めようとすると、バランスが悪くなり、かえってうまくいかないことが多いが、このような場合も真面目形と呼ぶことがある。普段穴熊を指さない人がたまに穴熊をすると、つい真面目形に陥ってうまくいかないことがある。

(10)真面目の消滅
  真面目形になった駒を捌き、真面目形が消滅した状態をいう。真面目が消滅すれば形勢は再び互角となる。

(11)真面目の転換(移転)
  真面目となった駒を相手に取らせることで、真面目駒を取った相手の駒を逆に真面目形にしてしまった状態を指して、「真面目が転換した」、あるいは「真面目が移転した」などという。

(12)ズルの弊害
  穴熊ばかりしていたために、穴熊以外の将棋の感覚がマヒし、矢倉戦などで苦労したり、終盤で詰みを逃したり、自玉を受けそこなったりすることをいう。このような場合に、「ズルの弊害があった」という使い方をする。いわば、穴熊の副作用であるといえよう。これを省略して、「ズル弊」あるいは単に「弊害」ともいう。

(13)穴熊病
  ① 「ズルの弊害」の同義語。
  ② 穴熊党によくいる石頭の人や、「穴熊はズルである」と言うと、ムキになって怒る人のことを、「彼は穴熊病だ」という。

(14)既得権益
  穴熊党は、穴熊という自分に有利な戦法を得て、実力以上の勝ちを収めている。ゆえに、穴熊は穴熊党の既得権益である。「穴熊はズルである」というと、穴熊党はムキになって怒ることが多いが、それは既得権益を失いたくないからである。このような穴熊党を「既得権益を守りたいんだろう」等と非難するのに使われる。

(15)ズル熊
  穴熊の別称である。「穴にこもっている熊はズルい、ズルな熊だ」ということで、「ズル熊」と呼ぶのである。したがって、同じようでも、「ズル穴」と呼ぶのは誤りである。

(16)ズル熊党
  穴熊はズルであることを認めない穴熊党のことをいう。穴熊はズルであることを認める穴熊党は、「穴熊党」と呼んで区別する。

(17)ズル(城)の消滅(崩壊)
  穴熊城が消滅した局面をいう。ズルが消滅してしまえば、そこからは対等・平等の戦いとなる。多少不利であっても、ズル城が消滅すれば、逆転のチャンスがある。穴熊党は、穴熊城を追い出されると、ミスを連発することが多いからである。

(18)ズルの利
  ① 五分五分に見えた局面であっても、最後は穴熊の遠さや堅さが生きて、穴熊が勝った場合に、「ズルの利があった」という使い方をする。
  ② 苦労してズル城を崩壊させても、そのために多大な戦力を消失したために、せめが切れっぽくなってしまうことがある。対穴熊にはつきものである。
  ③ 「穴熊にされる前に動かねば」と相手が焦って無理責めをしてきたところを咎めた場合に、「これはズルの利だった」という。
  ④ 「相手は穴熊だ」と決め打ちをしたような駒組みをされた場合に、柔軟に、穴熊をあきらめ、相手が不自然な駒組みをしたことに満足し、形勢をリードしようという考え方がある。こうした場合、「これはズルの利だね」という使い方をする。

(19)ズルいシステム
 振り飛車側が早く9四歩と突いて、居飛車側の出方をみる戦法を「藤井システム」というが、9四歩の代わりに9ニ香と上がって、相手の急戦を誘い、相手が急戦をしてくればすかさず1.5ズルで討ち取る作戦をいう。この戦法に対しては、「相手に失礼ではないか」とか「あまりにも考え方が卑しいのではないか」あるいは「急戦をあまりにも軽視している」との批判がある。この戦法の欠陥は、面と向かっては指しにくいところである。

(20)ズルセコシステム
  居飛車穴熊の一種で、9六歩と突き、9七~7五~5七と角を移動させ、7七の歩を動かさないで穴熊に囲う戦法。さすがに多少無理があるようだ。

(21)言い訳囲い
  「串カツ囲い」や「ミレニアム」は、その紛らわしい名前にもかかわらず、穴熊とは玉の位置が違うにすぎない。これらの囲いは、「穴熊でない」という言い訳がましさが感じられるために、「言い訳囲い」と呼ぶ。世間一般の呼称は、ズルを隠蔽するものとなっている。

(22)ズルシステム
  通常は、棒銀に対する振り飛車側の「4二金・5三(6二)角・3二飛・4三銀」の形を総称していう。この形に組むだけで、棒銀が捌けない。最広義では、半ズルも含めて「ズルシステム」と呼ぶ。

(23)ズルの2乗システム
  通常のズルシステムは、5二の金を4二に寄って完成するが、金を4一に待機させておいて、一手得をするズルシステムをとくにこう呼ぶ。

(24)ズルの3乗システム
  最初から三間飛車に振り、棒銀を待ち構え、さらにズルの2乗システムをする。ズルの2乗システムよりもさらに一手得となる。しかし、これが実戦で実現することはまずないので、いわば理想上のシステム、夢のシステムといえよう。

(25)半ズル
  ズルシステムの角の動きを省略したズルシステムの省略型。「半分ズルい」という意味。ズルシステムに組めない場合の応急処置として、あるいは、斜め棒銀対策として用いられる。本ズルよりズルくないのかというと必ずしもそうではなく、これが穴熊と結びついたとたんに無類のズルさが発揮される。

(26)本ズル
  ズルシステムを半ズルと区別して言う場合に用いられる。

(27)1.5ズル
  振り飛車穴熊と半ズルをミックスした形をいう。すなわち、穴熊(1ズル)+半ズル=1.5ズルという意味である。この世で最もズルな戦法である。

(28)変ズル
  変化した半ズルのこと。半ズルに相手が手を焼いている隙に、5三金~7五歩~7二飛~6四金という具合に半ズルは発展していくのだが、こうした半ズルの発展形のことを「変ズル」と呼ぶ。ここに変幻自在な半ズルの特色をみることができよう。

(29)完ズル
  半ズルで、1四歩が突いてある形のことをいう。 この形に組めば、相手が棒銀できても、銀が一切捌けない。「完璧なズル」である。
 なお、ズルシステムで4六歩を突いていない形はいつでも4六角と出る手が生じ、極めてズルであるため、これも併せて「完ズル」と呼ぶ。

(30)半ズルの法則
  半ズルのズルさ=L(玉と飛車との距離)×b(bは定数)。「半ズルのズルさは玉と飛車の距離に比例して増大する」という法則のこと。半ズルは、穴熊とミックスしたときに最大限のズルさを発揮する。しかし、玉が飛車に近付けば近付くほどその効果は薄くなる。半ズルは、せめて美濃囲いまで囲わないとすべきではない。

(「初めてのズル理論」 一二三書店 巻末付録 2002年)
楽しく学ぼうズル理論~古典学習のすすめ(その2)~
ズル理論ノート

Ⅰ ズルとは、特段の工夫もなく、実力に関係なく勝ちやすい、形・戦法・囲いをいう。
たとえば、穴熊=ズル熊はその代表例である。

Ⅱ 「将棋の勝敗=実力+研究+ズル+偶然」。この方程式をズル方程式と呼び、この方程式は将棋の一般方程式である。すなわち将棋の勝敗は、実力のみではなく、諸要素の総和によって決定する。この知識を駆使すれば、弱者も強者に勝てる!
お試しあれ!

Ⅲ ズルシステムの分類

ズルシステム(広義)・・・・ズルシステム(本ズル)・・・・・・ズルシステム(最狭義)
              ・                 ・・・・・ズルの2乗システム
              ・                ・・・・・ズルの3乗システム
               ・     発展
              ・・・半ズル→→変ズル

            *穴熊+半ズル=1.5ズル

*便宜上、先手は居飛車、後手は振り飛車に統一して話を進める。

(1)ズルシステム(本ズル)とは、対棒銀の振り飛車側の構えで、3二飛・5三(6二)角・4二金の形を総称したものである。普通は、四間飛車側が、4二の飛車を3二へ、5二の金を4二に寄ることによって完成するが、この最も平凡なズルシステムが、ズルシステム(最狭義)である。

(2)四間飛車側が、最初から金を4一に待機させておいて、35歩の仕掛けを待って、4二金と上がる場合がある(例:平成11,12年のA級順位戦、加藤-中原)。すなわち、通常のズルシステムより一手得しようというのである。この場合のズルシステムを、「ズルの上塗りをした」ということで、とくにズルの2乗システムという。

(3)最初から三間飛車にして棒銀を待ち構えたうえ、さらに金を4一に待機させてズルシステムを完成させた場合は、ズルをさらに重ねたことになるので、これをズルの3乗システムという。しかし、この形に対して相手が棒銀にしてくるのはまれなので、プロの実戦例はない。いわば、ズルシステムの理念型といえよう。

(4〉このズルシステムが出現したことで、棒銀は激減した。なぜならば、この形に組むだけで、棒銀が一切さばけなくなったからである。加藤名人でさえも、おおいに苦戦していたが、平成11年の対中原戦で、このズルシステムに対して端攻めに出るという新手法を編み出している。しかし、依然として、この形に組まれるだけで実力に関孫なく勝ちにくいということに変わりがないとみられている。加藤名人以外の棋士は、かりに棒銀をするにしても、このズルシステムに組まれないように、細心の注意で駒組みをすすめる。

(5)半ズルとは、居飛車側の棒銀または4六銀戦法に対する3二飛・3三角・4二金というズルシステムの省略型をいう。ズルシステムが自玉が美濃囲い・相手が棒銀の場合に限定されるのに対し、この半ズルは、自玉が穴熊でも使えるし、むしろ穴熊の方がそのズルさをより発揮でき、しかも相手は棒銀でも4六銀戦法でもよい、という柔軟性を有している。この形に組まれるだけで、居飛車側は亜急戦を強要される。

(6〉半ズルは、「ズルシステムより手数がかからないから、ズルシステムほどズルくないのではないか」と考えがちであるが、さにあらず。たしかに半ズルは、美濃囲いであれば、相手を亜急戦に誘導するにすぎないのだから、一局の将棋であり、それほどズルくないといえる。ところが、この半ズルが、穴熊と結びついたとたん、無類のズルさを発揮するのである。

(7〉半ズルと穴熊が結びついた場合を、とくに1、5ズルという。
 すなわち、「穴熊(1ズル)十半ズル=1、5ズル」となる。

① 相手が棒銀の場合、1四歩を突いていなければ、2四歩、同歩、1五銀というせめがある。これでも振り飛車が勝ちやすいことには変わりがないが、4二金と上がる前に、1四歩を突いていたほうが無難である。この1四歩をついた形の1、5ズルに組まれると、棒銀は一切捌けない。ゆえに端歩つきの1、5ズルのことを「完璧なズル」ということで、とくに完ズルと呼ぶ。

② 相手が4六銀戦法の場合は、さらに威力を発揮する。それこそ亜急戦にするしかないのである。

③ 相手がこの半ズルに手をこまねいているうちに、振り飛車側は、まず穴熊を完成させる。ついで、4二の金を、5三~6四へ繰り出し、7五歩~7二飛としさえすれば、振り飛車必勝となる(変ズル)。たったのこれだけで、穴熊必勝となるのだから、この1、5ズルは、最強のズルということができよう。

(「ズル理論研究」 2001年5月号)
わたくしは無事であります
 この程、わたくしは海外に旅に出ておりました。松尾芭蕉の旅が芸術の旅であるとすれば、わたくしの旅は世直しの旅であります。ところで、わたくしを葬らんとするズル勢力と結託したクーデターの企てがございましたが、わたくしは無事であります。今後とも、わたくしはズルとの闘いに総力を挙げる所存であります。

 さて、帰国したとたん、同志により以下の通り報告がございました。

 「私の知人のあるズル熊党普及指導員が、子どもに“手っ取り早く勝てる戦法を教えてください”とせがまれ、振り飛車ズル熊を教えておりました。しかも、その振りズルのズルいことズルいこと!棒銀は相手にせずに、パッと△7二飛と袖飛車から玉頭攻めをすればよいというものでした。しかし、いざ実戦になってみると、相手の子どもは居玉で棒銀を仕掛けてきたため、袖飛車にしても玉頭攻めになりません。しかも、▲3五歩を素直に△同歩と取り、▲同銀とあっさりと銀を5段目にすすめてしまい、あっさりと守りを突破されていました。するとズル熊党指導員は、今度は△7三角から飛車のこびんをねらってはどうかと、新たな陰謀を授けました。しかし、これまたうまくいきませんでした。こうしてズル熊党普及指導員の企てはもろくも崩れ去ったのですが、それでも懲りずに“来年までに穴熊を鍛えるからな”と言っておりました。放っておくと子どもたちが可哀想です。先生何とかしてください」

 切羽詰まった誠に真剣な思いが伝わってくる報告であります。とはいえ、とりあえずズル熊党の初期の目論見は崩れたというわけであります。これで仮にズル熊をした子どもが勝っていたならば、事態はより深刻なものとなっていたに相違ございません。将棋の勝敗はあくまでも、実力+研究+ズル+偶然なのであります。そうして、いくらズルな将棋指しでも、実力→研究→ズル→偶然の順で発展していくのが基本であります。実力、さらには研究を飛び越して、いきなりズルのみで勝とうなどというのはいくら何でもムシがよすぎるというものであります。そのズル熊党腐朽指導員にはきっぱりとこうおっしゃるべきです。“子どもにズルなことを教えるのはおやめなさい!”

 いずれにせよ、わたくしの理論を正しく学んでいないから、このようなことになるのであります。読者諸君におかれては、ズル熊党の誤った指導に騙されないように、わたくしの過去の論文を下記に再掲したのであらためて精読されたい。

 我らが偉大なる指導者=加藤一二三棋聖万歳!!!
 我らが親愛なる指導者=加藤一二三棋聖万歳!!!
 我らが輝ける希望の星=加藤一二三棋聖万歳!!!
 我が祖国=大日本帝国万歳!!!!!!!!!!!
楽しく学ぼうズル理論~古典学習のすすめ(その1)~
ズル理論要説

Ⅰ現代将棋界が直面する問題とはなにか

 現在、将棋界はこれまでにない危機に陥っている。かつて一千万といわれた将棋人口はここ数年で激減し、いまや200万程度にすぎないといわれる(「レジャー白書」参照)。
その根本的原因こそが、まさしく穴熊=ズル熊である。ズル熊によって心を傷つけられた多くの善良なる将棋ファンが、将棋から去っていった。ズル熊は、その名のとおりズルな戦法である。この戦法によって将棋界を去っていった人は数知れない。よって、この戦法が将棋界に与えた損失ははかり知れない。

 このような事実に気が付かないか、目をつぶっているか、あるいは隠蔽しているのが、ズル熊党の支配する現代将棋界である。ズル熊党は、ズル熊という自らの既得権益を守るために、これまで「穴熊はズルである」という真実を隠蔽してきたし、今もしているし、これからもするであろう。

  「穴熊はズルである」。この真理を直視しないかぎり、将棋界の危機は打開できないばかりか、将棋界は次第に衰退し、やがては静かに、そして寂しく死滅するであろう。

  「穴熊はズルである」。このことは、本来説明を要しないものである。なぜならば、「穴熊はズルである」という真理は、自然で、純粋な、本来美しい人間の率直な感情で、理解されるからである。人間の率直な感情とはすなわち直感であり、直感とはすなわち人間がうまれながらにして有する理性である。人間の理性は真理を映し出す鏡である。穴熊はズルである。これは人間の理性が映し出した真理である。

 加藤一二三名人は「直感精読」という言葉を好まれるが、これは「人間の理性に基づく直感こそが正しい」という真理を認識した、まさしく神武以来の大天才ならではの偉大な言葉なのである。

 しかしながら、将棋界はズルで汚染され、いまや人間が本来持っているはずの理性が窒息させられ、もはや正常な事理弁別能力を失っている。ゆえに、人々の正常な理性に基づく直感が認識した「穴熊はズルである」という真理は、きわめて残念なことに、いまや説明しなければならなくなっているのだ!なんという悲劇、なんという滑稽であろうか!

 そこでわたくしは、「ズルとは、特段の工夫もなく、ただその形に組むだけで勝ちやすい囲い・戦法・形をいう」と定義した。本来感情的な言葉である「ズル」を客観的な状態によって基礎付けたのである。この定義により、単なる感情にすぎなかった「ズル思想」は「ズル理論」という科学となったのである。

 こうしてわたくしは、ズル一般を定義し、その中でも著しく人間性に反する穴熊の禁止を主張している。 21世紀は「人間性の尊重」が最大の課題となる世紀である。おもうに、20世紀は科学技術が大きく発展したものの、人間の思考は停滞し、凍結させられてきた時代であった。このような反省をもとに、人間性に反する穴熊の禁止こそが、21世紀将棋界の目標とされねばならない。

Ⅱズル理論の全体像

 ズル理論の具体的な内容に入る前に、その全体像を大まかに説明する。登山をする前にはその山の全体像を見、目標を知らねばならない。それと同様、理論の理解を順調にするためには、その理論の全体像を知ることが有意義である。

 ズル理論の根本は、ズルの定義にある。「ズルとは、特段の工夫もなく、ただその形に組むだけで実力に関係なく勝ちやすい、囲い・戦法・形をいう」とわたくしは定義している。

 ここでは、ズルと実力を峻別し、ズルを客観的な状態として定義している。これがきわめて画期的な成果であるということは、すでに述べたところである。

 それからわたくしは、「特段の工夫もなく」と付け加えた。これはズルと作戦勝ちを区別するためのものである。その意義は、本来作戦勝ちとは、実力で、苦労に苦労を重ねてなされるべきものであるが、ズルにはその苦労の必要がないということを明示した点にある。かつて、「ズルとは作戦勝ちのことではないか」と言い張るズル熊党がいたが、この定義により、そのようないいがかりはもはや通用しなくなった。ズルの定義はより完壁なものとなった。

 この定義をもとに、わたくしは、将棋にはズルという要素があるということを示し、このズルが、将棋の他の要素といかなる関係にあるのかという考察へと進んだ。

  「将棋の勝敗=実力+研究+ズル+偶然」。これが将棋の一般方程式(ズル方程式)である。この方程式は、将棋を一般的・抽象的に表現したものであり、将棋を映しだす鏡である。ゆえに、将棋に関するあらゆる問題は、この方程式の具体化としてあらわれる。

 賢明なる読者の中には、「将棋に『偶然』があるのか?」という疑問を感じた方もあろう。そこで、次にこの『偶然』について説明するとしよう。

 たしかに将棋には偶然という要素はある。偶然攻めがつながったり、偶然受かったり、偶然角が利いてきたりといったことは、皆さんもご経験のことと思う。これに対しては、「将棋に偶然はない。すべて必然である。」と反論する方もあろう。しかし、我々は将棋を科学するのである。「将棋はすべて必然である」といい切るだけでは、「偶然とはいかなるものか」という人々の疑問に応えることはできない。そのような態度は「信仰」にすぎず、偶然という現象を説明する科学ではない。

 偶然が多く生ずる戦形は何か。そう、ズル熊である。なぜならば、偶然は、ズルが多くなればなるほど増大するからである。偶然はズルに比例する。すなわち「偶然=ズル×a(定数)」となる。aはどのような戦形にも共通して、最低限存在すると考えられる「固有の偶然」である。そして、ズルな戦形になればなるほど、偶然は増大するのである。わたくしは、この方程式を「偶然方程式」と呼び、ズル方程式を補完するものと位置づけている。ズル熊は、偶然攻めがつながったり、偶然ズルな手が落ちていたりといったことが頻繁にあるが、それはズル熊が最高のズルだからなのである。相穴熊であれば、ズルが極限に達し、偶然的な現象が頻発する。

将棋の勝敗=実力+研究+ズル+偶然
偶然=ズル×a(定数)

 ズル理論は、ズルの定義を基盤に、ズル方程式を骨格とする理論である。そして、穴熊のズルさと反人間性を強調し、その禁止を主張する。

Ⅲ将棋の諸要素

 次に、ズル方程式に示した実力、研究、ズル、偶然をそれぞれ説明しつつ、実力と研究、研究とズル、ズルと偶然の諸関係を説明する。

1.実力
 実力とは、読み、大局観など、その人個人に内在するあらゆる能力を総称していう。したがって、事前の研究によって勝っても、「実力で勝った」とはいえない。ズル熊をして勝っても実力でないことはもはや言うまでもないであろう。

2.研究
 研究は、もともと実力を補完するために試みられたものである。よって、研究が実力を凌駕することはなかった。研究が実力を凌駕するようになり、ズル問題の発生につながったのである。本来の研究とズルな研究とは、区別して考えなければならない。

3.ズル
 ズルとは、特段の工夫もなく、ある特定の形に組んだだけで実力に関係なく勝ちやすい囲い・戦法・形をいう。ズル熊がその典型例である。

4.偶然
 ズルの発生より、将棋においては偶然が多発するようになった。ゆえに、「偶然とは何か」ということが議論されるにいたったのである。

 偶然は、ズルに比例して増大する。いや、増大するように見えるといったほうが正確かもしれない。いまや、ズルはズル熊だけでなく、あらゆるところに潜んでおり、もはや直接的に認識することができなくなっている。それゆえにズル勢力は、「将棋にズルなどない」と言い張るわけであるが、そのような言い訳はズル理論には通用しないのである。

 ズルの存在が、偶然という形で我々の目に映るのである。ズルが具体的な形で我々の目に映ったものが偶然である。すなわち、ズルという本質が、偶然という現象として、我々の目に映っているのである。それゆえに、偶然はズルの現象であるといえる。よって、われわれは偶然という現象を通してズルという本質を認識することが可能なのである。ズル勢力は、もはや我々からズルを隠蔽することはできない。

IV論理的に

 わたくしは、「将棋の勝敗=実力+研究+ズル+偶然」であるといった。
方程式の項の順番は、入れ替えてはならない。この順番は、この方程式の論理的意義を表現している。「方程式」といっても、数学的な方程式とは異なるのである。ズル理論の論理を分かりやすく、最も抽象化した形で表現したのがこの方程式なのである。

 まず、将棋に元来存在する要素は、実力と、固有の偶然aである。そして、実力を補完するものとして研究が出てくる。研究の占める割合が大きくなると、実力を脅かすようになり、そこでズルが発生する。さらにズルが増大すればするほど、偶然が増大する。

 将棋の諸要素は、実力→研究→ズル→偶然と展開する。時間が経つにつれ、右側の要素の比重が増大し、実力勝負としての将棋の性格が変質する。そして、これを放置すると、最後には将棋はサイコロ博打と同様、単なる偶然勝負のレベルにまで堕落してしまうであろう。

 この問題を解決する道はただ一つ。穴熊の禁止である。

V歴史的に

 将棋界の歴史はズル方程式と偶然方程式の正しさを裏付けている。順を追ってみていくこととする。

1.大山名人時代前期以前(盤上の時代)
 この時代は、将棋の勝敗=実力+aに近い状態であった。したがって、第一人者大山康晴15世名人時代が長くつづいた。神武以来の大天才加藤名人でさえも、大山名人の壁は破れなかった。

2.大山名人時代中・後期(研究の発生)
 この時代には、なんとか大山名人を倒そうと、研究が始まった。将棋の勝敗=実力+研究+aの時代である。山田九段の研究がその代表例である。しかし、この時代の研究はあくまで実力を補強する程度のものであり、大山名人は、毎回少しずつ手を変えて、研究を外すことが可能であった。

3.中原名人時代(ズルの発生)
 この時代の最大の事件は、ズル熊の発生である。昭和50年代までの大山名人は、その桁外れの実力で、ズル熊を成敗していたが、その後、ズルの膨張とともに次第に大山時代は終焉を迎える。中原名人もまた、その桁外れな実力に加え、自らズル熊を用いることによって、ズル時代に適応していった。

 この時代は、将棋の勝敗=実力+研究+ズル+aの時代である。偶然はまだそれほど目立たず、将棋は実力勝負のゲームとしての権威を保っていた。ズルはズル熊にほぼ限定されていたが、それでもズル熊が蔓延することにより、次第にズルが膨張していった。

4.谷川・羽生時代(ズル・偶然の膨張)
 将棋の勝敗=実力+研究+ズル+偶然。現在のズル方程式の発生と発展の時代である。将棋界は、長い実力の時代が終焉し、ズルの時代に突入した。ズルの著しい蔓延により、中原時代は終焉を迎える。

 この時代になると、ズルがプロ、アマ問わず広範囲に蔓延し、戦法としてもズル熊以外の分野にまで広がってきた。将棋がつまらなくなり、離れていく人が目立つようになる。ズルな研究は大いに発展したが、将棋界は衰退の時代に入った。

 実力の時代とズルの時代の過渡期に活躍したのが谷川名人である。谷川名人は、「光速流」といわれる本来の実力に加え、ズルに順応し、自らズルを多用することで、今日においてもその地位を保っている。

 ズルを打倒しようという試みもあらわれた。居飛車ズル熊に対する藤井システムに代表される振り飛車党の工夫である。今後、居飛車ズル熊が成敗されるのか、注目すべきところである。しかし、藤井竜王でさえも、佐藤穴熊名人には勝てないことに象徴されるように、振り飛車側が如何に工夫しようとも、最後にはズル熊側が勝利し、最終的には将棋そのものが相ズル熊という究極の姿へと収斂されていくであろうと予想される。

 その先駆けとして、振り飛車ズル熊に対しては、居飛車ズル熊しか対抗策が見出だされていない。というより、居飛車党は居飛車ズル熊ばっかりするため、「相手が振り飛車ズル熊できても、居飛車ズル熊で対抗すればよい」との退廃的な考えが蔓延しているのである。「振り飛車穴熊は減っているではないか?」との疑問も聞かれるところではあるが、居飛車ズル熊で対抗されるから振り飛車ズル熊が減っているというにすぎないのであり、この点では何の展望もない。

ズル熊を禁止しないかぎり、将棋は死滅してしまうことは明らかである。

VI論理的・歴史的に

 実力を補完するために研究が出てきて、研究が占める比重が大きくなると、ズルな研究が発展し、ズルが発生する。ズルが増大すると、それに比例して偶然もまた増大する。このことは、論理的に明白である。さらにわたくしは、将棋界の歴史をみても、この論理と基本的に一致することを証明した。

 論理と歴史とは、それぞれが独自の展開を見せながらも、究極的には一致するものである。ズル方程式は、将棋の論理と将棋界の歴史を体現している。それゆえにこそ、ズル理論は真理なのである。

(「ズル理論研究」 2001年7月号)
プロ将棋の正体見たり!
 本日のNHK杯戦は石川対深浦であった。どうせつまらないズル熊将棋になるに決まっていると思い、10分遅れでテレビをつけた。すると、早くも深浦優勢であった。やはりつまらない将棋になったと思い、チャンネルを切り替えようとしたが、他のテレビもまたつまらない放送ばかりであったので、仕方なく将棋を見続けた。そうすると、深浦が四枚ズル熊に固めたが攻め手がないというズルの弊害に陥り、攻めが切れ筋に陥った。

 ここから正確な受けを見せて勝ちきるのがプロの技術であるはずだ。ところが石川はヘボ受けを連発し、結局無理を通してしまったのだ!玉の堅さに任せて相手の間違いを期待して攻める方も攻める方だが、受け間違う方も受け間違う方である。これではアマチュア将棋と何ら変わりがないではないか!こんな将棋など放送する必要はなかった。昭和の名局でも放送した方が100万倍はマシである。
 
 本日の将棋は、このように内容・結果ともにくだらないものであった。プロ将棋の正体見たりである。早指しであれば、プロ棋士といってもアマチュアと何らレベルに違いがないことが明らかになったのだ!持ち時間が長ければそれなりの将棋を指せるに決まっている。それをプロの強さなどと言うのは大間違いだ!大多数の労働者が額に汗して働いている時に、仕事もせずにのんびりとズル熊将棋を楽しむなど無用の特権だ!かようなブルジョア的特権は断固粉砕・廃止されねばならない。働かざる者食うべからずだ!この際、プロ制度を廃止し、NHK杯戦出場者はくじ引きで決めてはどうか。町道場のオヤジがNHK杯戦にどんどん出てくるというのもまた一興ではないか。

 ズル熊は粉砕・撲滅されねばならない!プロ制度も廃止せねばならない!NHK杯戦はすべての将棋ファンに開放されねばならない!

 廃止!廃止!粉砕!粉砕!革命!革命!勝利!勝利!
「節電対策」の欺瞞に惑わされるな!
 「エアコン切れば原発止まる」などと一見もっともらしいことを言っているズルがいる。しかし、こんなものはズル勢力とマスコミ、ズル弁政治家らが仕組んだとんだ猿芝居なのだ!

 真夏にエアコンを止めればどんなことになるのか?暑くて仕方がないではないか!昨年は熱中症になる人民が相次いだというのに。この時は「エアコンをつけろ」と言っていたではないか!このままでは熱中症の病人が増えて大問題になるではないか。これも原発に反対するわが人民のせいにするつもりなのか?!

 この「エアコン切れば原発止まる」という真の意図は結局のところ、「原発を止めて欲しいならエアコンを我慢しろ。我慢できないのであれば原発を我慢しろ」という脅しに他ならないのだ。そうしてズル勢力は一切の負担をしないという寸法なのだ!なんてこった!

 この問題を解決するためには革命以外にあり得ない!
 我が祖国の三つの敵=ズル熊と原発、マスコミを打倒せよ!

 粉砕!粉砕!革命!革命!勝利!勝利!


加藤名人万歳氏行方不明に
加藤名人万歳秘書でございます。
入院中の加藤名人万歳先生の姿が見当たりません。
現在、行方を調査中でございます。
加藤名人万歳氏入院!
こんにちは。加藤名人万歳秘書でございます。
加藤名人万歳先生は本日、突如体調を崩され、入院されました。
このところ、ずいぶん忙しく活動されていましたので、無理がたたったのでしょう。
幸い命に別状はないようです。
当面、ブログにつきましても、私加藤名人万歳秘書が代行いたします。
よろしくお願いします。
名人戦の結果に断固抗議する!
 名人戦は森内奪取となったとの情報を得ました。わたくしはこの結果を非常に残念に思うとともに、厳しく抗議するものであります。

 さて、国会は会期末に70日の会期延長を議決いたしました。「再生可能エネルギー促進法」。これは何としても成立させなければならない!とりあえず、ギリギリの線で決着してよかったと思います。身内からの離反が相次ぐ管首相でありますが、ここに来て驚異の粘りを見せております。ブログで以下の通り、述べています。

「海江田大臣が、先日、定期点検などで停止中の各地の原発について、「緊急安全対策の実施」や「立入検査による厳格な評価」の結果を踏まえ、再起動を促しました。これは、再起動ができないと「震災からの復興と日本経済再生のために不可欠な電力需給がひっ迫する」という判断に基づくもので、「原発推進という過去数十年の路線に再び戻った」という意味では全くありません。私にも、再生可能な自然エネルギーを促進する、という過去30年の思いがあります。
真剣に山頂を目指す登山家は、山頂に向かって一直線に登ってゆくことが困難なときには、前向きに、迂回コースの登山道を選びます。肝心なのは、《リスクを賭して、直線的に登ること》ではなく、《確実に、山頂にたどり着くこと》です。私が目指す山頂の旗は、変わっていません。」

 ズル勢力がマスコミを使って総攻撃を集中する現下の情勢においては、「脱原発」を正面切っていえないのでしょう。山登りにたとえて若干言い回しをぼかしておりますが、これは「脱原発」という「山頂」へ向かって続投する意欲を示したものでありましょう。何故に「70日延長」なのか。その意味は明白であります。再生可能エネルギー促進法が参議院で否決された場合の再可決を視野に入れているのでありましょう。そうして、自公民三党の合意をわざわざ反故にして問題をこじらせたのは、解散をも視野に入れてのことでありましょう。

 かように考えると、おそらく、週明けにも内閣改造に打って出ることでありましょう。ここで如何に奇想天外な人事を行うかがまずは焦点となります。そうして国会の審議が滞った場合には、「原発の廃止に賛成か反対か」を争点に解散・総選挙に打って出るべきであります。「自然エネルギーの促進」などという中途半端なことではお話になりません。「原発の廃止」でなければなりません。その場合、ズル勢力とマスコミの猛反発を招くばかりか、与党内でさえほとんどが離反することになるでありましょう。そこがズル勢力の後押しを得たかつての郵政選挙との大きな違いとなるでありましょう。しかし、どうせ実績など残せるわけがないのであります。ならば、名を残すしかありません。突撃!突撃!そこまで腹が決まっているか否かに管内閣と我が国の命運がかかっております。たとえ一人になっても絶対に辞めるな!

 今後、ズル勢力は国民に対する「節電」攻撃をさらに強化してくることでありましょう。そのねらいは「こんなに苦しい思いをするぐらいなら原発を認めないと仕方がない」と「脱原発」をあきらめさせることにあります。原発を推進したいズル勢力としては、「多くの原発が停止したにもかかわらず、電力供給に大きな問題が生じなかった」という結果を最も避けたいのであります。そうなる前に、できるだけ早く管首相に退陣させたいのであります。我々はこのようなズル勢力の陰謀に惑わされてはならない。

 そもそも電気料金はタダではないのであり、貧困にあえぐ大多数の国民はこれまでも節電に努めてきたのであります。これ以上の節電を強制されるいわれはない!電力を浪費してきたのはズル勢力の側であり、管内閣を異様なまでにバッシングするマスコミであります。そんなに節電を言うのであれば、無駄なテレビ放送をやめて自ら節電に努めよ!このような状況では、今年の夏には昨年以上に健康を害する人々が増えるのではないかと懸念されるところであります。皆さんも、この夏にくれぐれも無理をすることのないようにしてください。健康を害してまで節電に協力する必要はない!

 命こそ宝であります。それ以上に大切なものはないのであります。すなわち、原発は即時廃止すべきであります。

 延命!延命!居直り!居直り!停滞!停滞!進撃!進撃!革命!革命!勝利!勝利!
ズル熊党の自動車運転は禁止すべきだ
 わたくしはこの程、「世直しカンパニー」を立ち上げました。わたくしが毎朝出勤していると、決まってズル熊党の運転する車とすれ違います。ズル熊党は猛スピードで道路の真ん中を通るなど、常に自分勝手で横着な見込み運転をするので危なくて仕方がありません。彼らはそうした自分勝手な生き方をしてきたからこそ、ズル熊党になったのでありましょう。

 かような事実を見ても、ズル熊党が自動車を運転するのは危なくて仕方がありません。ズル熊党の普通乗用車の免許取得は禁止すべきであります。せいぜい、スクーター程度しか運転できないようにすべきであります。事実、わたくしの知人のズル熊党は、スクーターしか運転しないのであります。自分が運転するのは危険であることは、さすがのズルもわきまえているのでありましょう。

 ズル熊党の運転免許取得は禁止すべきであります。禁止!禁止!剥奪!剥奪!
 

 
 
定跡書は禁止すべきだ
 最近、アマチュア将棋大会への参加者が激減しております。これは何故でありましょうか。

 第一に、ズル熊が蔓延していること。これは言うまでもないでしょう。そして、ズル熊党は会場ででかい態度ををとるばかりか、時には参加者への嫌がらせをも行います。ゆえに、多くの将棋ファンが大会への参加を敬遠する事態になっているのであります。ズル熊による人格への悪影響はここに極まれりであります。ズル熊の禁止。将棋大会復興のためにはこれが不可欠であります。

 第二に、プロ棋士の共同研究ズルであります。これによりプロ将棋が画一化し、これに習ってアマチュア将棋まで画一化が進行しているのであります。ゆえに、将棋に魅力がなくなりつつあるのであります。そもそも、他人の力を借りて研究するなど卑怯千万だ!研究は一人でやるべきである。だいたい共同研究を実戦で再現するのは八百長ではないか。ゆえに、現在のプロ将棋の大半は八百長と言っても過言ではない!

 第三に、プロ棋士による定跡書が普及し、定跡を詳しく知っていないと将棋が指せないかのような窮屈な状態が進行していることがあります。すなわち、プロ棋士の共同研究ズルにアマチュアまで広く巻き込まれているのが現状であります。そもそも、他人の書いた本を丸暗記して実戦に使うとは卑怯千万である。正々堂々と実力のみで闘うべきではないか。これでは暇をもてあましている怠け者が得をするだけではないか。こんな状況をこのまま見過ごしてよいのか?!断じて見過ごすわけにはいかない!貴重な伝統文化を守り抜くためには出版規制もやむを得ない!すなわち、言論・出版・表現の自由もまた、公共の福祉のために規制されなければならぬのだ!当然マスコミも禁止だ!

 これら、プロ将棋の悪弊からアマチュア将棋界をまもるには、ズル熊と共同研究の禁止に加え、出版を規制しなければなりません。ズル熊を奨励したり、共同研究の成果を本にして出版することは禁止すべきであります。すなわち、すべての定跡書は原則禁止すべきであります。ただし、加藤・青野両名人の著作は芸術でもありますので、これは例外といたします。その他の判断に困る事案については、僭越ながらこのわたくし加藤名人万歳の検閲制とすべきであります。

 このままでは将棋界の基盤が縮小・崩壊するぞ!もはや一刻の猶予もならない!ズル熊禁止!共同研究ズル禁止!定跡書出版禁止!禁止!禁止!弾圧!弾圧!革命!革命!勝利!勝利!
本日のNHK杯戦とズル熊
 本日のNHK杯戦は畠山七段と森九段でありました。わたくしは途中から見たのでありますが、すでに戦形はゴキゲン中飛車ズル熊にやはり居飛車ズル熊でありました。すなわち、相ズル熊でありました。わたくしは全国のわが同志の集うこの年頭の挨拶において、「ゴキゲン中飛車においても急戦が消滅し、相ズル熊が蔓延する可能性が大である」と予告しておりましたが、どうもその流れが現実のものとなる情勢であります。このゴキゲン中飛車における相ズル熊の戦形では、居飛車側が手詰まりになりやすいため、これを如何に打開するのかが課題となることは、わたくしが以前に指摘したとおりであります。駒組みが頂点に達した段階では、やはり居飛車側の打開が難しく、振り飛車側が作戦勝ちの局面であったといえましょう。ここで局面を収めておいても、居飛車側が打開に苦労するかと思われましたが、森九段がベテランらしく積極的に打って出ました。これは無理筋の動きと思われましたが、畠山七段がなんと飛車を叩き切るという無謀な攻撃に出たため、逆に森九段優勢となりました。

 あんな飛車切りが無理に決まっていることは、アマチュアの初段程度でも分かることでありましょう。まるで縁台将棋のような何ともヘボい将棋になったものであります。しかし、森九段が自陣の桂馬を真面目に活用するなど緩手を連発しているうちに、今度は畠山七段優勢となりました。こうした指し方は、従来は「緩急自在の指し回し」ということになり、「プロらしい」ということになっていたのでありましょうが、ズル熊の蔓延以降、将棋が変質してしまっているため、このような指し回しはたんなる緩手になってしまうのであります。ところが今度は、畠山七段が格好をつけて筋よく攻めようとしたため、再び森九段優勢となりました。ところが、ところが、最後は森九段が△6七桂成という大緩手を指してしまったため、結局畠山七段の勝ちとなってしまったのであります。

 結局のところ、玉が固い方が堅さに任せて相手のミスを誘発し、押し切るというプロ将棋にあるまじき拙戦となった次第であります。こんな低レベルの将棋なら、わざわざNHKで放送する必要などないのであります。町道場の親父同士の相ズル熊の偶然勝負のほうがよほど見応えがあります。わたくしは本日のこのようなお粗末な内容・結果を招いた日本将棋連盟及びNHKに対し厳しく抗議するものであります。こんな将棋を放送するなら、NHK受信料を拒否するぞ!日本将棋連盟を脱退するぞ!

 本日のNHK杯戦を見ておりますと、問題はズル熊だけに収まりません。すなわち、ゴキゲン中飛車も禁止しなければならないことが明らかとなったのであります。ゴキゲン中飛車に急戦を仕掛けるのはそもそも無理筋であるといえます。先日の棋王戦において、渡辺竜王が不当にも久保棋王のゴキゲン中飛車に大逆転負けを喫したこともその一例であります。久保棋王の防衛に抗議!抗議!ゆえに、居飛車ズル熊とせざるを得ないという現実の問題が生じることも理解できなくもなく、そうすればゴキゲン中飛車もズル熊とせざるを得ないということになります。ゆえに、ゴキゲン中飛車とズル熊の双方を禁止しないかぎり、問題は解決し得ないのであります。そもそも、初手に▲5六歩などと突くのは相手に対して無礼であります。こんな手を相手に指されると非常に腹が立ちます。こんな連中とは将棋など指したくない!もちろん、ズル熊党とも将棋を指したくない!というのが大方の将棋ファンの気持ちでありましょう。

 ズル熊とゴキゲン中飛車の禁止。この二大要求は絶対に譲ることのできない一線であります。要求貫徹!要求貫徹!闘争!闘争!

 また、名人戦七番勝負は、羽生名人が3連敗のあと怒濤の3連勝と、猛反撃に出ております。この流れは決して止められない!名人戦は必ずや羽生名人の歴史的大勝利で幕を閉じるでありましょう。必勝!必勝!

 そもそもなぜ名人位がこのように不安定なことになったのか。すべてズル熊のせいであります。名人位とはそもそも、大山→中原→加藤→谷川→羽生と引き継がれるべきものであったのであります。大山名人以降の名人位は5人で十分であったのであります。それがズル熊の蔓延により、偶然的要素が増したため、丸山や佐藤、森内までが名人位に上り詰め、名人位の権威は地に墜ちたのであります。これは、将棋が実力ゲームから、ズルと偶然のゲームへと変質していく過渡期に生じた混乱でありました。しかし今日、将棋が基本的にズルと偶然のゲームとしての変質を遂げたことから、多くの一流棋士がズルと偶然を味方にする術を心得ており、将棋界は再び羽生名人を中心にまとまりつつあります。将棋の勝敗=実力+研究+ズル+偶然。このズル方程式は常に貫徹されているのであります。すなわち、研究とズル、偶然が同等であれば、最後には実力あるものが勝つ。このように申しますと、「だったらズル熊を禁止する必要はないではないか」とのズル熊党の声が聞こえてきます。そんなことはない!これすなわち、共同研究とズルを用いなければ、将棋を指せなくなっているということなのであります。そんなバカなことがあるか!そんな不正義が認められてよいのか!断固禁止だ!

 将棋はこのようにズルと偶然のゲームへと完全に変質を遂げ、固定化してしまったということなのだ。羽生名人が一度は七冠を制しながら一度は交代し、再度前進を続ける現象は、この変質の過程で生じた混乱だったのであります。

 これは本当に深刻な事態だ!ズル熊は禁止!禁止!粉砕!粉砕!闘争!闘争!勝利!勝利!革命!革命!
人間性の回復を求む
 わたくしはこのほど、北アフリカに続き中南米の諸国を歴訪し、多くの人民と対話を重ねてまいりました。我が国を長期間にわたり留守にしていたため、将棋の話題からずいぶん離れてしまっていたように思います。祖国を離れますと思い出しますのが、やはり我らが偉大なる指導者=加藤一二三大総統率いる我が祖国=大日本帝国のことであります。ズル熊と闘う同志のことであります。わたくしは地球上のどこにいようとも、ズル熊によって人間性を喪失してしまった我が国のことを思わぬ日は一日たりともございませんでした。祖国への愛は革命家に不可欠であります。

 わたくしは帰国した後、東京・千駄ヶ谷の日本将棋連盟を訪れました。ずいぶん久しぶりで懐かしい思いがいたしました。しかしその実相は、ズル熊が蔓延した結果、様変わりしているに違いないのであります。そのことを思うと、ズルとの闘いに決意を新たにしたのでありました。昔は対局の昼間は雑談をしたり雑誌を読んだりと、ゆったりと駒組み程度まで進めたものであります。局面が緊迫した夕方頃に、「さて、そろそろ勝負だ!」と気分も盛り上がってきたものであります。ところが最近はどうでしょうか。朝からズル熊に組むぞ、組ませないぞと、ピリピリと空気が張り詰めております。その他、ズル熊のせいで将棋界から様々な人間性が喪失してしまったのであります。代わりに出てきたのが、髪を金髪にしたり、将棋盤から離れて座ったりといった格好付けであります。将棋の内容がズルしかなくなった結果がこれであります。

 その一例が、秒読みにおける人間性の喪失であります。昔はNHK杯戦でさえ、5,6,7,8,9、そして10と読んでから、「お指しください」と言っていたものであります。ところが最近はどうでしょうか。先日のNHK杯戦60周年記念番組でも、小林名人が不当にもブザーを鳴らされて負けにされる場面が紹介されました。何とも心の痛む場面でありました。大逆転負けの局面になってしまい、無念の思いが強く、指せなかったのでありましょう。そうした人間的な感情を、機械が切り捨ててしまったということであります。人間が行ってきたことを機械で代用し、合理化を行った結果、人間性が切り捨てられたのであります。こんなことが起きているのは、何も将棋界だけではございません。合理化による生産性の向上は、常に人間性の喪失と不幸のみを生み出してきたのであります。合理化は常に人間を不幸にするのであります。例外など一切ない!労働者人民は、合理化に常に反対しなければならないのであります。
 
 NHK杯戦にブザーが導入された時期は、ちょうどズル熊が蔓延し始めた時期と重なります。これは決して偶然ではないのであります。ズル熊が蔓延するような殺伐とした世の中になったからこそ、ブザーにより人間性を否定する考えが生まれ、ブザーによって人間性が否定されるような殺伐とした世の中となったからこそ、ズル熊が蔓延したのであります。国鉄が分割民営化されるような殺伐とした世の中になったからこそ、ズル熊が蔓延したのであります。これらが同時期なのは決して偶然ではない!必然なのだ!

 これらの負の連鎖を断ち切る道はただ一つ!ズル熊の全面的即時禁止なのだ!
 
 禁止!禁止!前進!前進!革命!革命!勝利!勝利!
画期的な節電対策を提案する
 原発を再び推進するために、節電対策等でズル勢力が様々な巻き返し工作を行っております。ズル勢力にとって最も困るのは、原発が停止したにもかかわらず、混乱なく電力が供給されることであります。原発なくして電力の供給が可能であるということが明らかになれば、「原発は不要である」との世論が一気に盛り上がるからであります。そこでズル勢力は、「節電」を庶民の負担で推し進めようと画策するに相違ありません。「こんなに節電がきついのなら、原発も仕方がない」という世論の形成。これがズル勢力のねらいなのであります。彼らズル勢力とその手先=マスコミには本気で節電をやろうという気などさらさらないのであります。

 そこでわたくし加藤名人万歳は、ここに画期的な節電対策を提言するものであります。それはテレビの禁止であります。マスコミはどうせろくな番組をやらないのでありますから、この際、すべてのテレビ放送を禁止すべきであります。そうすればテレビのための取材なども一切なくなり、くだらない番組のために無駄な電力を消費することもなくなります。百歩譲ってテレビを認めるとしても、NHKの他、民放は1つだけとし、放送時間も制限すべきであります。なぜならば、テレビといえば、大きく分けてNHKと民放しかないからであります。NHKはNHKだけにしかできない番組を制作することがありますので、まあ、これを認めてもよいでしょう。ただし、NHK杯戦でズル熊が指されたら、直ちに放送をやめるべきであります。すなわち、香車をあがった瞬間に、強制的に画面を真っ暗にすべきであります。他方、民放はどうせどこも同じことしか言わないのでありますから、取材なども一社だけに委ねて他はすべて夏季休業とすればよいのであります。そうすれば、金持ちのマスコミの諸君は無駄な取材をする代わりに、各地に旅行などに行って大いに消費に励み、資本主義経済を大いに刺激することでありましょう。そのほうが有害な報道を行い、しつこい取材で復興を妨げるよりどれだけ有益であることか。

 前進!前進!禁止!禁止!革命!革命!勝利!勝利!
堂々たる退陣の花道を切り開け!
管首相は自身のブログで以下の通り、エネルギー政策の転換を明確に、熱く語っております。

昨日、第9回「新成長戦略実現会議」を開きました。震災による中断を経て再開後2度目の会合で、経済人、学者なども加わり、《次の時代》のエネルギー政策について活発な議論を戦わせました。
従来、化石と原子力が中心であったエネルギーの柱に、「再生可能な自然エネルギーと省エネルギーを加える」という私の提案には、誰も異存はありません。しかし、議論参加者の間でかなりニュアンスに差があったのは、将来のエネルギー全体に占める自然エネルギーと省エネの[ウェイト]についてでした。
会議メンバーのお一人である小宮山宏・前東大総長は、「21世紀のエネルギーの中心は、自然エネルギーと省エネだ」と強調しておられ、ご自宅を太陽光発電や省エネのモデルハウスにしています。私も以前、実際に見せていただきましたが、省エネでエネルギー消費量を大幅に落としても快適な生活は可能であることを、身をもって実証されています。
私も、20世紀型の発想から大きくパラダイム転換を図ってゆくことが重要だと思います。ただ、省エネや自然エネルギーの大きな特徴は、「一つ一つは小規模である」ということです。ですから、多くの人の参加がなくては、政策自体が実現しません。
エネルギー政策の、転換。《次の時代》に向けてそれを現実のものとするには、国民の参加が不可欠なのです。

 国民参加によるエネルギー政策の転換。素晴らしい!何としても管内閣においてその方向性を明確に打ち出していただきたいものであります。身内からも早期退陣を求める声が噴出する中、依然、続投への意欲を語り、最後の粘り腰を見せる管首相であります。ここは何としても首相の椅子にしがみついていただきたいものであります。それが国家のため、国民のためなのであります。がんばれ!管首相!この際、思い切って「脱原発」へ舵を切っていただきたいものであります。どうせ退陣するのは時間の問題なのだ!ここはやけっぱちでズル勢力に痛撃を与えるべく、すべての原発の閉鎖を決断していただきましょう。

遠くドイツでは脱原発の方針が明らかにされ、イタリアでは国民投票が行われるといいます。ところが原発事故が起きた我が国では、エネルギー政策を転換しようとする首相を無能呼ばわりして辞めさせようというのであります。反原発の運動も一定の盛り上がりを見せておりますが、大きな運動にはなっておりません。このことは我が国においていかにズルリカとズル勢力が強大な力を持っているかを示しております。マスコミ報道によると、原発は13ヶ月ごとに定期検査を行うことになっており、その際に運転再開が認められなければ、来春にはすべての原発が停止となるとのことであります。おそらく原発が停止しても電力供給は何とかなるでありましょう。しかし、原発がゼロになっても電力供給が可能であることが明らかになれば、原発の廃止がまさに現実味を帯びてくることとなります。ズル勢力はそれを避けたいのであります。ズル勢力が管内閣退陣を急ぐ理由はここにあるのであります。これは明らかにズルリカとズル勢力の陰謀だ!

 管首相が「脱原発」へと舵を切った歴史的な名宰相となるか否かは、これから退陣するまでの数ヶ月にかかっているのであります。この際、やりたいことは何でも思い切ってやるべきだ!歴史は必ずや評価する!歴史は必ずや正確に評価するものだ!少なくとも、将来のわたくし加藤名人万歳の政権では、管内閣に最大限の賛辞を与えるであろう。我が国がズル勢力に支配されているかぎり、闘わずして退陣の花道など開けないのであります。負けるな管首相!権力の座を明け渡すな!とことん悪あがきしろ!

 我らが偉大なる指導者=加藤一二三棋聖万歳!!!
 我らが親愛なる指導者=加藤一二三棋聖万歳!!!
 我らが輝ける希望の星=加藤一二三棋聖万歳!!!
 革命未だならず。同志奮起せよ!!!!!!!!!
原発推進の陰謀を許すな!
 南米ペルー大統領選で、元軍人のオジャンタ・ウマラ氏(48)が当選確実となりました。わたくしはこの間、何度もペルーに足を運び、ウマラ氏への支持を呼びかけました。友人のウマラ氏の当選はまことに喜ばしいことであり、わたくしは心より祝福するものであります。我が国のマスコミはこの間、「親子二代にわたる日系大統領の誕生か」などと報じておりました。何と見苦しい!ウマラ氏は重要産業の国有化などの革命政策を推し進め、ペルーの歴史に輝かしい光をもたらすことでありましょう。前進!前進!

 さて、管内閣の早期退陣の流れが強まっております。振り返ってみますと、管首相が浜岡原発の停止という歴史的大英断を下してから、急速に退陣への圧力が強まったことに気がつきます。わたくしの知人の県知事もまた、かつて原発の点検をきちんとやるべきだと当たり前のことを言ったばっかりに、ズル勢力によって次期選挙への出馬を阻止されました。代わって出てきたのが原発迎合のズルであったことは未だに記憶に新しいところであります。

 今回の管首相への執拗な攻撃を見て、わたくしはこのことを思い出しました。管内閣は全体的にズルではありましたが、部分的にズル勢力にとって都合の悪い面があったのでしょう。その最たるものが浜岡原発の停止であり、原子力政策の見直しだったのであります。こうした当たり前のことを管首相が行おうとしたばっかりに、退陣に追い込まれようとしているのであります。管首相が浜岡原発の停止を表明したとたんに、ズルの大ボス、日本ズル団連会長自らがしゃしゃり出てきて政権批判を繰り広げたことは、ズル勢力がいかにこの問題を重視していたかを示しております。その結果、なんと一国の指導者を退陣に追い込んだのであります。少し気に入らないことがあればすぐに辞めさせることができる。ズル勢力の力というものはかくも強大なのであります。一連の動きは、議会制民主主義などというのは完全な欺瞞であることを示している。すべてはズル勢力の独裁なのだ!

 そうして出てきた話がズル連立であります。ズル勢力の手先=マスコミの論調を見ると、明らかにこのズル連立を推進する立場に立っていることから、この動きの背景に、ズル勢力の後押しがあることは疑いようがございません。ズル連立が成立すれば、間違いなく浜岡原発の運転は再開され、原発は再び推進に舵を切ることになるでありましょう。残念だが、必ずそうなる!騙されるな!

 当たり前のことが非常識となる。これが現代ズル社会の悲劇なのであります。原発の悲劇を繰り返していいのか?!わたくしたちは今一度、そのことを真剣に考えるべきであります。何よりも人命は尊いのだ!

 我らが偉大なる指導者=加藤一二三棋聖万歳!!!
 我らが親愛なる指導者=加藤一二三棋聖万歳!!!
 我らが輝ける希望の星=加藤一二三棋聖万歳!!!
 革命未だならず。同志奮起せよ!!!!!!!!!
もはやこの流れは止められない
 内閣不信任案を否決し、うまいこと危機を乗り切ったかのように見えた管首相でありますが、あまりにズルが露骨すぎたためでしょう。民主党内からも猛反発を生み、結局、早期退陣の流れが作られつつあります。この流れはもはや止められない!残念だ!

 代わって出てきたのが、ズル連立構想であります。私が最も恐れていたことが起ころうとしております。こうなることが分かっているから、わたくしは管内閣を支持していたのであります。管内閣という障害がなくなったがために、このような話が出てきてしまったのであります。これが実現すれば、もはやズル勢力の思うがままだ!ズル政翼賛会になってしまう。すべてはおしまいだ!しかし、もはや止めることはできまい。念仏を唱えるしかない。

 我らが偉大なる指導者=加藤一二三棋聖万歳!!!
 我らが親愛なる指導者=加藤一二三棋聖万歳!!!
 我らが輝ける希望の星=加藤一二三棋聖万歳!!!
 革命未だならず。同志奮起せよ!!!!!!!!!




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