わが闘争 ~それでもズル熊はズルい~
こんにちは、加藤名人万歳であります。私がズル理論を提唱して、はや10年になりますが、未だズル勢力は巨大であります。しかしながら真実は必ず勝利するのです。ともに手を携えズルと闘おうではありませんか!
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ズル城ついに陥落す
 本日のNHK杯戦は、藤井九段の四間飛車に山崎七段が左美濃から4枚ズル熊に組み替える展開となりました。藤井九段は正々堂々と銀冠から左銀を繰り出し、抑え込みを図りました。局面の焦点は、藤井九段がズルを成敗できるか否か、この一点に絞られました。藤井九段は自然に駒組みを進め、先手から手を作るのは困難と思われました。しかし山崎七段がパッと5筋の歩の突き捨てを図りました。これを取れば、パッと敵陣に歩を垂らし、と金攻めと大駒のさばきの連携でもって、ズル城の堅陣を活かした闘いに持ち込む意図であったものと思われます。藤井竜王はこの狙いを見破り、怒濤の総攻撃をかけました。ズル城は藤井竜王の攻撃により混乱状態に陥りましたが、山崎七段はペタペタと駒を埋めて粘りに粘りました。一時は嫌な雰囲気が漂いましたが、藤井竜王がズルを警戒しながら慎重に攻めきり、正義は守られました。

 本日の藤井竜王の勝利は、きわめて大きなものであります。歴史的大勝利と言っても過言ではありません。本日の将棋はまさしく、正義は勝つという将棋のあるべき姿を示しております。とはいえ、藤井竜王でなければどうなったことか。かなりの確率でズル熊が勝っていたでしょう。我々はこれまで、あのような形からズル熊がズル転勝ちを収めるという理不尽な場面を何度見せられてきたことか!これを例えるならば、まるでブルジョアがジワジワと労働者を搾取して金儲けを独り占めするような理不尽さであります。本日の将棋は全国の労働者人民の明日からの活力となったことでありましょう。藤井竜王は、本日の勝利で正義を守ったのであります。この功績は計り知れぬものであります。

 人類の歴史を振り返りますと、必ずしも正義が勝ってきたわけではございません。むしろ逆のケースが多いとさえ言えます。かつて上杉謙信は室町幕府を支え、この世をあるべき姿に戻そうと努力しましたが、その夢はついに叶いませんでした。徳川ズル康はズルを駆使して石田三成率いる連合軍を関ヶ原の戦いで破り、ついには豊臣家を滅ぼすに至りました。江戸第5代将軍徳川綱吉は生類憐れみの令を発し、世の秩序をただしましたが、その功績は理不尽にも否定されるにいたっております。幕末には薩長同盟ズルをはじめとした様々なズルによるズル革命が推し進められ、我が国は戦争に次ぐ戦争を強いられることとなりました。戦後は我が国の人民を多数虐殺した犯罪国家=ズルリカとこともあろうに同盟を結び、未だに軍事同盟を結んでおりますが、このような理不尽と不正義は古今東西ありません。人類史上最悪の不正義であると言っても過言ではないでしょう。

 それでも正義は大事なのであります。それは何故であるか。正義はその時々の局面では実現しないこともありましたが、常に人々の道徳規範であり続けました。正義という道徳規範がなくなるということは、人間が人間でなくなるということであります。また、一見、ズルが勝利しているように見えても、その実相は必ずしも単純なものではないということが見えてきます。例えば徳川ズル康が多くの人々からズルであると思われながらも多数の支持を得た背景には、「戦国の世を終わらせ、安定した社会を築いて欲しい」という人民の願いがあったからでありましょう。明治のズル革命もまた、より豊かな社会を求める民衆の願いがあったから実現したのでありましょう。これまでのズルシステムは、人民大衆に一定の「利」をもたらしてきた面も否定できないのであります。

 今日の社会はどうでしょうか。ズル勢力が金儲け(経済成長)をすればするほど貧困と格差は拡大し、地球温暖化という深刻な問題を引き起こすに至っております。もはやズルシステムは人民大衆に少しの「利」もなく、苦しみを与えるのみであり、その歴史的使命を既に終えているのであります。その歴史的使命を終えたシステムをあらゆる手段で延命しようとしているのがズル勢力であり、その手先であるマスコミなのであります。

 最大かつ最後の歴史的巨悪=ズルリカ帝国主義はイランの核開発疑惑をねつ造し、各国との対立を煽ることにしかその存在意義を見いだせず、国際的影響力を次第に低下させつつあります。鳩山-小沢前政権においては、現代ズルシステムにおける様々な問題点が露呈したため、ズル勢力は真実が国民の前に明らかになることを恐れ、陰謀を以てこれを退陣に追い込みました。

 しかし彼らの抵抗は、このシステムの矛盾をさらに拡大することにしかなりえません。ズル勢力は自らの既得権益を守ることのみに汲々とし、申し訳程度でも人民に利益の一部を与えようというわずかばかりの良心のかけらさえ完全に失うに至っております。我が国の人民の苦難はこのようにして引き起こされているのであります。

 歴史的使命を終えたズルシステムを今日の藤井九段のように陥落させ、我々が勝利するのは時間の問題であります。今日のズルシステムの理不尽については遠からず多くの人民が気づくでありましょう。ズルを成敗し、正義を実現するまでどの程度の時間がかかるかは、人間の理性がいかほどかであるかにかかっております。そしてこの理性は、我々の啓蒙活動にかかっているのであります。我々が生きてこの世の正義の実現を見ることができるか否かは、我々の努力如何にかかっております。我々はいまや、真に正義を実現すべき歴史的局面に直面しているのであります。

 我々は偉大なる指導者=加藤一二三棋聖の指導の下に固く結集し、ズル熊撲滅運動に今以上に傾注すべき時であります。すべてはズル熊が悪いのであります。

 我らが偉大なる指導者=加藤一二三棋聖万歳!!!
 我らが親愛なる指導者=青野照市王座万歳!!!!
 革命未だならず。同志奮起せよ!!!!!!!!!
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これもズル熊のせいであります
 わたくしの自転車が盗まれました。駅の駐輪場に止めておりましたが、この日は遅くまで同志と酒を飲んでいたため、夜遅くなったのであります。おそらく泥棒は、夜の人気が少ない時間帯をねらってわたくしの自転車を盗んだのでありましょう。腹立たしい限りであります。

 わたくしの自転車はかなり古いものでありましたから、盗んで自転車を売ったとしても、いくらにもならないでしょう。また、最近は中古の自転車であれば、ほんの数千円程度で購入できるようであります。飲み代を少し控えれば、すぐに買うことができるはずであります。にもかかわらず、自転車を盗んだのは、よほどお金に困っていたか、他人のものを盗んでも心が痛まないほど精神が荒廃しているのか、いずれかでありましょう。

 我が国は世界有数の経済大国とされ、ショッピングセンターに行けば商品が溢れんばかりに積んであります。その一方で、我が国では「おにぎりを食べたい」と言い残して餓死をする人々や、電気を止められて熱中症で亡くなるといった痛ましい事件が絶えません。また、国内でこのような深刻な問題があるにもかかわらず、我が国の政府はこれを解決しようとせず、ズルリカの意向に沿った外国の支援には熱心であります。現代ズル社会が生み出した何とも悲劇的で絶望的な矛盾であります。「こんなことはおかしいのではないか」と一人ひとりが真剣に解決策を模索すべき時なのではないでしょうか。

 ズル首相が新卒の若者の就職支援などを検討するらしいとニュースで報道されました。いかなる雇用対策なのかは存じませんが、雇用そのものが拡大しない限り、いくら面接の仕方などを指導したところで、少ない就職先の奪い合いを激化させるだけであり、何らの解決にもならないでありましょう。しかし、政府が率先して国家公務員の採用を抑制しながら、民間企業に対し、「新規採用を増やしてくれ」とは言えないでしょう。この一事をもっても、大した対策は出てこないであろうと容易に予測できます。このままでは若者にとっては厳しくなるばかりであります。世直しが必要であります。

 本日は高校野球の決勝戦が行われました。わたくしはもちろん、東海大相模高校を応援いたしました。理由は我らが偉大なる指導者=加藤一二三棋聖の名前「一二三」を名字とする投手がいたからであります。決勝は大敗でありましたが、最後まで正々堂々とたたかった一二三投手に拍手を送りたいと存じます。開会式では高野連の会長が「平和あってこその高校野球だ」という趣旨の挨拶をしておりました。全く同感であります。何よりも平和が大切であります。貧困が戦争を生むともいわれます。学校を卒業しても就職がない現状は異常と言わざるを得ません。一刻も早い解決が求められます。わたくし加藤棋聖万歳は戦後65年となる今日において、日本が再び戦争に巻き込まれかねない危険な動向が見られることに対し、強い懸念を表明するものであります。

 人心がこのように荒廃したのも、わたくしがひどい二日酔いになったのもすべてはズル熊のせいであります。ズル熊は即時全面禁止とすべきであります。王位戦第4局は相ズル熊のたたかいを深浦王位が制し、2勝2敗のタイとしました。相ズル熊がタイトル戦で何局も行われることを放置するわけにはまいりません。わたくし加藤棋聖万歳は日本将棋連盟に対し、直ちに王位戦を中止するよう強く求めるものであります。

 ところで今年はノンアルコールビールがかなり売れているようであります。わたくしも試してみたのでありますが、少し糖分が多く、本物のビールのうまさからはまだほど遠いように感じました。まだまだ工夫が必要であります。飲酒運転撲滅のためにも、ビールと全く変わらないほどのノンアルコールビールの開発が求められます。

 我らが偉大なる指導者=加藤一二三棋聖万歳!!!
 我らが親愛なる指導者=青野照市王座万歳!!!!
 革命未だならず。同志奮起せよ!!!!!!!!!
ただズルではない
 王位戦第三局は広瀬六段が勝ち、2勝1敗とリードを奪いました。本局は深浦王位が角交換向かい飛車に出ました。深浦王位としては、自分だけズル熊に囲おうという考え抜いた作戦だったのではないでしょうか。初戦の相ズルで敗れたことにより、深浦王位は容易ならざるものを感じ、深浦王位の方が作戦を工夫する展開となっております。率直に申し上げて、見ている方はなかなか面白いと言えましょう。

 形勢は広瀬六段がやや有利に展開しているように見えたものの、深浦王位が「ズルの利」を最大限に生かした粘り強い指し回しを見せ、形勢は混沌としていきました。ただのズルであれば、深浦王位の逆転となっていたでしょう。しかし、広瀬六段は終始力強い指し回しを見せ、勝ちきりました。

 本局の内容を見ますと、広瀬六段はたんなるズル熊党ではないようです。どのような戦形にも対応できる実力者であることが明らかになったと言えます。まさに「ただズルではない」といったところでありましょうか。

 ズル熊党同士のタイトル戦が、思わぬ展開で面白いことになってきました。「ズル同士のコップの中の争いなどに興味はない」といいたいところではありますが、こうなったら「毒を食らわば皿まで」の精神で、古いズルより新しいズルに賭けてみたい気がいたします。わたくし加藤棋聖万歳は、広瀬王位誕生を支持することを表明するものであります。

 我らが偉大なる指導者=加藤一二三棋聖万歳!!!
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将棋界を腐朽させるズル熊
 わたくしは次のような質問を受けました。

 「私は普及指導員です。私の教室では初心者には八枚落ちから始めて棒銀戦法を教えています。ですが最近の多くの教室では平手戦に応用の効かない棒銀を「これはうまくいかない」と言って教えず、「玉を固めなさい」と言って最初から穴熊を教えているそうです。これは保護者受けを考えた営業上の理由からでもあるようです。やはり棒銀はダメかなのでしょうか?」

 まずわたくしは、今や保護者までもがズル熊に汚染されつつあることに対し、驚きを禁じ得ません。わたくしは三つの観点から、こうした保護者の考え方は誤りであることを指摘したいと存じます。

 第一に、棒銀がダメであると断言することの誤りであります。棒銀は我らが偉大なる指導者=加藤一二三棋聖や飯塚七段が用いるなど、依然、少数ながらプロ棋士やアマ強豪も用いる有力な戦法であることは疑いありません。将棋を覚える以前の時点で一つの進路を閉ざしてしまうことは、子どもへの過干渉であると言わざるを得ないのであります。どのような戦法を用いるかは、子どもたちが上達の過程で主体的に判断すべき性格のものであります。

 第二に、スムーズな上達の観点からであります。将棋は玉を詰まして勝ちとなるゲームであります。それを最初から、しかも初心者に対し、「守りを固めよ」と教えたところで、子どもたちは理解するでありましょうか?もちろん、自玉が詰まされれば負けでありますから、守りをしっかりとすることも教えなければなりません。要はバランスということであります。様々な攻撃や守備の技術を教えるには、様々な戦法を題材にした方がよいに決まっています。ズル熊は特異な戦法でありますから、ズル熊ばかり教えるなら、現れる局面に偏りが生じてしまう結果、幅広い技術を身につけることが困難となり、結果としてスムーズな上達に結びつかないことになります。

 最後に、より大きな視点から、ズル熊から教えることの弊害を考えたいと存じます。「勝つためにはズル熊が有利だ」ということで最初からズル熊を教えるのは、「金儲けをするためには株取引をした方が有利だから子どものうちから株取引を教えよ」というのと同じことであります。仮に、株取引を行うことが本人の幸福につながるものだとしても、株取引を教える前に、まずは読み、書き、計算といった基本を知らないことには理解することは困難であることは言うまでもないでしょう。また、人生の選択として、「株取引のようなズルなことはしたくない」「貧しくとも額に汗して働く道を選びたい」との考え方も当然あるわけであります。このように、いくらズル社会だからといっても、最初からズルを教えることは、様々な意味において弊害を生むものであると言わざるを得ないのであります。

 いずれにせよ、営業上の理由からズル熊を教えざるを得なくなるとは嫌な世の中になったものであります。ズル熊さえなければこんなこともなかったはずであります。

 さらにわたくしは次のような質問を受けました。
 「穴熊を教えられて素直な子は穴熊ばかりするようになり、やがては大人も負かすようになります。しかし穴熊に違和感を持って使うのをためらう子は穴熊ばかりする子の格好のえじきとなり、やがて将棋そのものが嫌になって教室を去っていきます。将棋界はこのようなことでよいのでしょうか?」

 ズル熊が今日の日本をダメにしていることを示す貴重な証言であります。ズル熊がズル勢力とその権力に無批判で迎合的な群衆を生み、今日の我が国の危機を招いたのであります。また、ズル熊をこのまま放置するならば、子どもたちの将棋離れに歯止めがかからず、将棋界は消滅することもまた明らかになりました。ズル熊対策を考えるのは、特にプロ棋士の重大な任務であります。

 我らが偉大なる指導者=加藤一二三棋聖万歳!!!
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悪人は救われてもズル熊党は救われない
 わたくしは先日、ある将棋大会を視察いたしました。昼食休憩中に会場を見渡すと、会場の後の方で元気なくうつむいている若い同志を見かけました。いったいどうしたことであろうかと思い、声をかけると、「ズル熊党の○○にこんなひどいことを言われました」と大変なショックを受けている様子であります。その内容たるや、耳を疑うようなひどいもので、人格を著しく傷つけるものでありました。そして、「これでも加藤名人万歳先生は、『ズル憎みて人を憎まず』なんですか?」と切々とその時の悔しさを訴えられたという次第であります。

 確かにわたくしは「ズルを憎みて人を憎まず」と申してまいりました。「罪を憎みて人を憎まず」とほぼ同義であります。この考え方自体は間違っているとは思いませんが、ズル熊とその害悪が広く、深く蔓延している現状では、現実にそぐわない面も出てきたように思われます。いまや、ズル熊そのものよりもむしろ、ズル熊党が起こすイジメや言動こそが、より大きな問題となってきていると言っても過言ではありません。かつて親鸞聖人は、「悪人こそが救われる」と仰せられました。まことに慈悲深く、人間愛に満ちた言葉であります。しかしながら、泥棒が目の前で悪さを働いているのに、これを見て見ぬ振りをするわけにはまいりません。そこでわたくしはこれまでの理論をより現実に即した形で具体化し、ズル熊党から善良なる将棋ファンをまもる我が陣営の新たなる方針を確立いたしました。

 ズル熊党をみかけたらば他人に暴言を吐いたり嫌がらせをしないか厳しく監視し、問題行動があった場合には直ちに注意いたします。
 将棋界には一般社会から見ると、将棋大会の運営等を含め、当たり前のようにまかり通っている事柄の中にこそ、様々な非常識があるものと思われます。そこで、第三者による独立委員会を設け、将棋界における様々な課題を幅広く議論し、提言いたします。

 上記の第三者委員会の座長には、僭越ながらわたくし加藤棋聖万歳が就任させていただきます。わたくしこそがまさしく中立的な第三者にふさわしいと言えましょう。

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