わが闘争 ~それでもズル熊はズルい~
こんにちは、加藤名人万歳であります。私がズル理論を提唱して、はや10年になりますが、未だズル勢力は巨大であります。しかしながら真実は必ず勝利するのです。ともに手を携えズルと闘おうではありませんか!
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「ラスト サムライ」を見て
 わたくしは「ラスト サムライ」を見ました。米国映画というところが気に入らないところでありましたが、最初はアメリカ人が日本人に対しズル武器の使用法などを指導するシーンがあり、「やはりズルなアメリカ人が作った映画に過ぎないのか」と失望しかけました。しかし、一応我慢してみることといたしました。

 わたくしは、将来的にはすべての武器の廃止をめざしている次第でありますが、当面は「鉄砲以後のズル武器の禁止」と「弓矢程度までは容認する」ことを提唱しております。この映画では、驚くべきことに、「ラスト サムライ」が刀と弓矢で対抗しておりました。すなわち、エドワード・ズウィックという映画監督は、「弓矢程度までは実力であり、ズルではない。ゆえに、武士道に反しない」というわたくしと基本的に共通する考えを持っているのであります。アメリカ人にしては、なかなかまともな感覚であります。

 渡辺謙さんらが演じる武士たちは、刀と弓矢のみで、アメリカ人に指導され最新のズル武器で武装したズル軍に対抗し、最後には突撃して全滅してしまいました。しかし、ズル軍兵士といえども、「ラスト サムライ」たちの生き様については最後には敬意を表さざるを得ませんでした。明治天皇もまた、「近代化は進めなければならないが、武士の魂=我々は日本人であることを忘れてはならない」という趣旨のことを言っておりました。

 正々堂々と最後まで刀と弓矢のみで実力勝負を挑もうとして散っていった武士たちに、わたくしは深い感動と悲しみを覚えました。あのようなズル武器で、何の痛みも感じずに武士の命を奪っていくアメリカ人と、その手先として欧米化し堕落した日本人たち。これは現代にも通じるものがあります。米国は今も、世界中に戦争の惨禍をまき散らしている戦争犯罪国家であります。いかにも米国は強い国家であり、「世界の警察」であるといわんばかりでありますが、真実は全く違うのであります。そこには、たんにズル武器=大量破壊兵器・残虐兵器を大量に保有し、人の命を軽んじるアメリカ人の人間性の腐敗と堕落があるのみであります。実力とは一切関係なく、米国は世界を牛耳っているというわけであります。これはいかにも理不尽ではないでしょうか。

 米国以外の全ての国家は、このような戦争犯罪国家=米国とはただちに手を切るべきであります。そして、人類と文化を腐敗・堕落に導いた米国文化を一掃しなければなりません。さらに、すべての戦争は一切禁止し、紛争はすべてオリンピックで決着をつければよいではありませんか!どうしてこんな簡単なことができないのでありましょうか。

 革命未だならず。同志奮起せよ!!!

 

 
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やはりズル熊はズルである
 先日のNHK将棋講座は、4枚ズル熊に組みさえすれば即勝ちとなるという内容でありました。渡辺竜王は、「この形に組めば、相当な実力差がないと後手が勝てない。大山名人は平気で勝ちまくっていたが、それは例外中の例外」と強調しておりました。したがって、振り飛車側に工夫が必要だと・・・。

 ズル熊党はしばしば、「穴熊が勝ちやすいのは振り飛車側に工夫がないからであって、穴熊がズルいのではない」と言い訳をするものであります。しかし考えてみてください。今日のように、藤井システムなどズル熊対策が出てくるまで、一体何十年かかったでありましょうか。そうであるなら、その数十年間は、無制限にズル熊に組めたのであり、渡辺竜王の言うとおり、「相当な実力差がないとズル熊の勝ち」とならざるをえないのであります。

 このように、ズル熊で勝ったところでなんらえらいことではないのであって、強いわけでも何でもないわけであります。たんに、ズルを使っただけなのであります。しかも、今日においても、ズル熊の勝率は依然として6割近いのであります。さらに、振り飛車党といっても、すべての振り飛車党がズル熊対策を持っているわけではございません。そして、ズル熊対策というものは、相当な技術がいるのに対し、相手が普通に振り飛車に来た場合に、ズル熊に組むのには全く技術などいりません。これをズルと言わずして何というのでありましょうか。

 ズル熊がズルである証拠の一つとして、かつてのズル熊党総裁や副総裁、ズルのエジソンとやらをご覧なさい。無制限にズル熊ができなくなったとたんに一切活躍できなくなったではありませんか。しかし一時期は、いずれもズルを駆使することによって、A級や名人挑戦等々のいい夢を見ているのであります。これをズルといわずして何というのでありましょうか。

 結局のところ、ズル熊党は、数十年の長きにわたり、ズルによって勝ってきたに過ぎないのであり、それは多くの場合、今日においても変わってはおりません。ただ、以前より少しばかり神経を使うようになったと言うことに過ぎないのであります。

 こんなズル熊は、禁止しかございません。

 これらの諸問題を解決する道はただ一つ。ズル熊の全面的即時禁止であります。
佐藤四段の健闘に拍手!
 本日のNHK杯戦は、佐藤四段対ズル内名人。戦形は、ズル内名人が、「貫禄」を見せようと思ったのでありましょう、相掛かりとなりました。わたくしは、これは佐藤四段にとってチャンスの多い将棋になるのではないかと期待を持ちました。ところが、さすがの佐藤四段も緊張していたのでありましょう。序盤早々にうっかりが出て、その差が徐々に広がるという苦しい展開となってしまいました。

 わたくしが最初に気になったのは、佐藤四段が前回の対高橋戦のように、扇子をパチパチやらなくなっていたことであります。おそらく、先の名人戦において、郷田九段の扇子の音に、ズル内名人が文句をつけたことが利いていたのでありましょう。あの文句により、郷田九段の調子が急激に落ちてしまったことは記憶に新しいところであります。わたくしは、このようなケチな注文をつけたズル内名人に対し、厳しく抗議するとともに、佐藤四段に同情を覚えるものであります。そのようなことに気を遣ったために、余計に緊張し、実力を出す前につまずくことになってしまったのであります。

 将棋は、ズル内名人らしい嫌らしい指し回しにより、差が徐々に拡大していきました。まるで、労働者をいじめるあくどい経営者を連想するかのようでありました。しかし、この陰湿な指し回しに抗し、終盤は「あわや」というところまで追い込んだ佐藤四段のがんばりは立派でありました。広く社会を見渡すならば、佐藤四段と同世代の多くの若者が、悪質な経営者の横暴に苦しめられておりますが、佐藤四段のがんばりは、多くの若者に勇気を与えるものであったと言っても過言ではございません。しかしながら、今の世においては、結局のところ、ズルが勝利してしまうという残念な現実がございます。本日の将棋では、労働者や青年のがんばる姿、しかしながらズル勢力の強大な壁はなかなか突き崩せないという現実を見るような気がいたしました。しかし、我々は決してあきらめてはならないのであります。正しい理論を唱え、運動を続けていくならば、最後の最後には、必ずや我々は勝利するのであります。

 佐藤四段のような才能ある若い棋士のがんばりというものは、大変すがすがしさを感じます。今後ともわたくしは、佐藤四段のがんばりを応援するものであります。

 我らが偉大なる指導者=加藤一二三名人万歳!!!
 我らが親愛なる指導者=加藤一二三名人万歳!!!
 我らが輝ける希望の星=加藤一二三名人万歳!!!

 革命未だならず。同志奮起せよ!!!
朝青龍「謹慎」処分に抗議する!
 朝青龍「謹慎」処分が波紋を呼んでおります。わたくしも、無断帰国などの点については一定の処分はやむを得ないとは考えております。それを大前提においた上で、今回の処分は理由・内容ともに不当であり、撤回すべきであります。

 「巡業をサボった」との説もございますが、わたくしは必ずしもそうではないと見ております。相撲は「壊し合い」と言われるほど過酷なスポーツでありますが、朝青龍はケガに耐えながら、優勝を果たしたわけであります。一方、サッカーは、遊ぶ程度であれば、多少のケガをしていたとしても、たいした支障もなくできるでしょう。でありますから、「仮病」と決めつけるのは独断と偏見に過ぎず、不当であると言わざるを得ないのであります。

 確かに朝青龍は巡業を休んだのでありますが、休んでいる力士が、モンゴルでサッカーをして遊んではいけないというのは誰が決めたことでありましょうか。朝青龍にとってみれば、サッカーはたかだか遊びに過ぎないのであります。我々ヘボが、軽く卓球をするのと同じようなものではありませんか。ケガをしたら軽く運動することさえ許されないというのはどう考えてもおかしい。

 聞くところによりますと、朝青龍は、モンゴル政府の要請に応え、子どもたちのためのチャリティー試合に出場したに過ぎないではありませんか。朝青龍は、子どもたちのためによいことをしたにもかかわらず、処分されたことになります。

 モンゴルに帰ってからの過ごし方まで一々介入する権限が、協会やまして横審にあるとは思えません。これは、個人の私生活への過剰な介入というものであります。これは、ズル勢力が、こうした事件を通して、経営者=ズル勢力が、会社員=被ズル勢力の私生活へ支配・介入を強めることさえも、さも当然のことであるかのような印象を与えるための攻撃なのであります。すなわち、朝青龍への攻撃は、被ズル勢力全体に対する形を変えた巧妙かつ陰湿なズル勢力の攻撃と見なければならないのであります。横審の会長が、ズルの宣伝隊長=NHKの海老沢氏であることが、その何よりの証拠であります。

 今回の処分があまりに唐突であるところにも、不自然さを感じるのであります。これを処分するくらいであれば、土俵で相手を蹴飛ばしたり、座布団を蹴飛ばしたり、稽古で相手をケガさせる等々の、これまでの行為はなぜ黙認したのでありましょうか。モンゴルで、子どもたちのためにサッカーをやったことよりも、これらの行為こそが処分に値するのではありますまいか。

 さらに、今回の処分は外国人差別であり、モンゴル政府軽視ではないのかという疑念もぬぐえないところであります。仮に、相手が米国政府であれば、どうなったのでありましょうか。

 我らが偉大なる指導者=加藤一二三名人万歳!!!!!
 我らが親愛なる指導者=加藤一二三名人万歳!!!!!
 我らが輝ける希望の星=加藤一二三名人万歳!!!!!

 革命未だならず。同志奮起せよ!!!!!

 




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