わが闘争 ~それでもズル熊はズルい~
こんにちは、加藤名人万歳であります。私がズル理論を提唱して、はや10年になりますが、未だズル勢力は巨大であります。しかしながら真実は必ず勝利するのです。ともに手を携えズルと闘おうではありませんか!
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郷田二連勝から最近のズル情勢を読み解く
 名人戦は郷田九段が二連勝いたしました。わたくし加藤名人万歳は、基本的に、郷田九段が名人奪取に前進していることを歓迎するものであります。名人がズル内名人というのはいくらなんでもいかがなものかと思うからであります。

 わたくしはかつて、郷田九段を「加藤名人の後継者」と位置づけ、積極的に応援していた時期がございます。当時の郷田九段は、たしか棋聖位をとったばかりの頃でありましたでしょうか。振り飛車には急戦、他の戦型も正々堂々の将棋で、まさしく加藤名人の後継者にふさわしい棋士であると多くの将棋ファンが期待を抱いておりました。ところがその後、ズル化著しいプロ将棋界に悪影響を受けたのでしょうか、次第にズル熊に依存する傾向を強め、次第にズルの海に埋没していきました。ズルの弊害が著しくなり、郷田九段本来の切れ味が次第にさび付いていきました。

 郷田九段はこのズルの弊害に気が付いたのでしょう。その後、その克服に努めたものと思われます。身につけたズルと本来の切れ味が適切に融合したのか、今回の挑戦となったわけであります。とはいえわたくしは、郷田奪取は難しいのではないかと見ておりました。ズル内名人のズルはなかなか手厚いズルであり、郷田九段にとって手強いと思ったのであります。しかし、現在のところ、郷田九段の鋭い矛先が、ズル内名人のズルの盾を突き破りつつある形勢であります。このまま郷田九段が悲願の名人奪取を果たすことを心から期待するものであります。

 しかし、名人位がこのようにコロコロと移動することについては、わたくしとしても複雑な思いを抱いております。名人位の権威は著しく失墜し、たんなる一タイトルに過ぎなくなりつつあります。もとはといえば、ズル長名人やズル山名人を誕生させた中原や羽生・佐藤に責任があります。ズル長は論外として、ズル山名人についていえば、先手角換りとズル5飛車戦法と居飛ズルという3つのズルを使い分けたというただそれだけのことで名人になってしまったのですから、多くの二流棋士が野心を抱くきっかけが作られてしまったのであります。そして実際に、名人位はコロコロと移動する軽いタイトルになってしまったのであります。

 名人位が軽くなった根本には、やはりズルがございます。ズル、あるいはズルな研究(共同研究を含む)が勝敗に占める比率が高まったため、偶然名人を防衛したり、偶然名人位を獲得したりといったことが当たり前になってしまいました。

 このような時代において、一貫してタイトルを保持するか挑戦を続けている羽生・佐藤の両名人については、高く評価しなければならないでしょう。わたくしが「佐藤を評価する」と断言するのは初めてでありますが、この間の変化はやはり一定の評価に値するとの判断をいたしました。佐藤は「ズルではない」とまでは言い切れませんが、「実力がある」ことは認めてもよいようであります。わたくしは、佐藤名人はズル熊と研究だけで勝っているに過ぎないと考えてまいりましたが、意外にも実力があったということが判明したのであります。その証拠が、佐藤名人が最近目立って乱戦を好むようになったと言うことであります。乱戦は、研究やズルが介在しにくいので、実力勝負となりやすくなります。ただし、偶然負ける危険性もあります。しかしいずれにせよ、佐藤名人が自ら進んで乱戦を指しているということは、自らの実力に自信を持っているという証拠であり、実際に勝っているのですからこれは実力があるということが言えるわけであります。

 やはり、真に実力のある羽生名人の名人復位が最も望ましいと言えましょう。当面は郷田九段の名人奪取を期待することとし、まずはお手並み拝見という心境であります。羽生・佐藤・郷田時代の幕開けを期待するものであります。

 以上、気の赴くままに書き連ねたという次第でありますが、わたくしは名人戦はおろか、最近のプロ将棋は全く並べておりません。しかし、わたくしのズル理論を持ってすれば、プロの将棋などいちいち並べなくとも大概のことは分かってしまうのであります。すなわち、断片的な情報を得ただけでも、これをズル理論というフィルターを通してみるならば、すべてが繋がって見えるということであります。これが理論を学ぶ意義であります。

 革命未だならず。同志奮起せよ!!!
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我が輩は毒舌である
 わたくしはときどき「加藤名人万歳さんは毒舌ですね」と言われます。わたくしは、「日本一の毒舌王」を自負しているという次第であります。毒舌は、必ずしも悪いものではございません。問題は、毒舌の対象なのであります。

 わたくしは、常に毒舌を目上の人やズルな人にのみ用いております。後輩や弱い立場の人には決して毒舌を用いることはございません。強い立場の人に毒舌を用いても、その人はダメージを受けることは少ないですし、それによってその人は反省することができ、よい影響を与えることができます。また、ズルな人は、ズルという罪を犯しているわけですから、それをきっちりと指摘することは、正義に合致するものであります。

 毒舌とは、「歯に衣着せぬ」ということでありましょう。つまりは、正直であるということであります。しかし、正直であることが常に正しいとは限らないところが難しいところであります。真理は常に語られてよいとは限らないのであります。かような意味においてわたくしは、時々自身の毒舌を反省するのであります。
ズルを説明しても無駄だ!
 わたくしの嫌いな言葉として「説明責任」という言葉がございます。最近では、「穴熊がずるいと言っている人達がいるが、我々が説明責任を果たす必要がある」などとほざいているズル熊党もおります。言語道断であります。だいたい、ズルな行為をいくら説明したところでズルであることに違いはございません。この「説明責任」という言葉は、①ズルを隠蔽すること、②自らがズル勢力であることをごまかすために、「ズルであるか否か」との本質的な争点から我々の目をそらし、「説明するかしないか」という表面的な事象にとらわれるように持っていくこと、の2点の目的をもって使用されるのであります。

 今年は、参議院選挙などを控え、選挙の年と言われます。そこでわたくしは、読者の諸君にこれらの選挙の明確な争点をお示しするものであります。争点はズバリ「ズルの成敗」であります。ゆえに、「ズルであるか否か」を我々が見抜けるかどうかがポイントなのであります。さらに、「ズルであるか否か」という本質的な議論を抜きに「説明責任」などという言葉を安易に使う候補者は、「ズルである」ことが推定されると言ってよいでしょう。繰り返し強調いたしますが、ズル熊はどんな言い訳をしたところでズルであるのと同様、ズルな行為はいくら説明したところでズルなのであります。
ズル勢力は責任転嫁をするな!
 このところ、プロ野球の不祥事が問題となっており、高校大学の青年が巻き込まれております。昨日は、ある高校の野球部が解散になったということを聞きました。金銭の授受といったズルシステムは、ほかならぬズル勢力が自らの既得権益を守るために長い年月をかけて作り上げてきたものであります。これに、今後長い人生を貴重な経験を積むであろう青年を巻き込むなど言語道断であり、わたくしはこれらの動向を厳しく批判するものであります。もうこれ以上、くだらない詮索と責任転嫁はやめ、一刻も早く事態を正常化し、青少年が安心して野球に励むことができるようにすることが望まれます。そのためには、ズル勢力が自らの責任を潔く認め、全ての公職から総辞職することが不可欠であります。こんな大人の不始末によって何の落ち度もない青年が甚大な被害を被るなど到底容認できないのであります。

 野球界でこのような厳しい処分が行われているのであります。将棋界はどうでしょうか。将棋界だって、いくら処分したってきりがないほどの不祥事があるでありましょう。その最たるものがズル熊であります。まずは、年中ズル熊ばかりのプロ棋士を擁護し、ズルを野放しにするばかりかむしろこれを奨励している日本将棋連盟は、ただちに解散されるべきことは当然であります。また、ズル熊党の道場主や師範もまた処罰されるべきは当然ということになります。しかし、彼らズルな大人の教えを受ける青少年までもが処罰されるというのでしょうか?断じて否であることは、明白であります。彼らには何の責任もないからであります。彼らはむしろ被害者であるといってよいでしょう。

 かような意味でわたくしは、高校の野球部が解散になり、甲子園への道が閉ざされるということについては到底納得のいくものではありません。くだらない古い連帯責任的な発想はやめ、すべての青少年が、平等に野球を楽しめるようにすることが、大人の責任というものでありましょう。

 こんな悲劇が起こったのも、日本社会全体にチマチマケチケチとした考え方が蔓延した結果であります。そして、その原因は、ズル熊にあることは火を見るより明らかというものであります。
 
 ズル熊を打倒・粉砕しよう!
 ズル熊党撲滅運動に参加し、勝利しよう!
 革命未だならず!同志奮起せよ!!!


 
ズルの弊害とは何か
 わたくしは、ズル熊をはじめとするズルばかりやることによる副作用のことを「ズルの弊害」と呼び、将棋を強くなりたい全ての将棋ファンに警戒を呼びかけております。具体的には、ズルの副作用として、①いい加減に指す習慣が付き、指し手が不正確になる、②堅い玉に慣れきっているので、いったん穴熊を崩される(ズルの消滅と呼ぶ)と、かりに形勢が多少有利であったとしても間違えやすい、③戦法のズルさが人格まで波及し、ズルくなる、といったことが挙げられます。わたくしはとくに、③のような影響が及ばないように、子ども教室等の指導者には繰り返し警戒を呼びかけているところであります。盤上のみでズルいのであれば、まだ罪は軽いと言えます。いやむしろ、その人が潜在的に持つズルな人格を将棋のズルに押し込めてしまい、社会に対しては正々堂々と振る舞うということであれば、それもまた将棋の効用とさえ言えるのかもしれません。

 本日のNHK杯戦は、このズルの弊害を論じるのに格好の材料を与えてくれました。この将棋は、後手の中村四段の拙い駒組みで、北浜七段の必勝形となりました。わたくしは中村四段が△4四金と寄った瞬間に嫌な予感がしましたが、やはり▲4五桂~▲2四飛と走ったというたったのそれだけで、あっさりとズル形(ズル熊の必勝形のこと)となってしまったのであります。わたくしは、ここで中村四段の惨敗を予想し、「かわいそうに。一体いつ投了するのだろうか」と思っておりました。

 ところがであります。北浜七段が突然ヘボ手を連発し、次第に難しくなってきました。そして、自玉に手が着いたとたんにますます乱れ、信じられない大逆転となったのであります。

 本来であれば、ズルを成敗した形の中村四段を誉めるところでありましょうが、本局の場合は全く誉めるに値しないと言わざるをえません。あのようにあっさりと振り飛車が必敗形になるとは、形ばかりにとらわれて読みが浅いと厳しく指摘せざるを得ないのであります。こんな将棋が全国に流れるから、ズル熊がますます蔓延してしまうのであります。この将棋で少なくとも数千人がズル熊党に転向し、あるいは振り飛車を辞めたのではありますまいか。この点については、中村四段の猛省を促すものであります。

 北浜七段については、ズルの弊害の症状が深刻であると診断せざるを得ないのであります。北浜七段は、振り飛車にはいつもズル熊ばかりであります。本局を教訓にズルをきっぱりやめ、自己研鑽に励んでいただきたいと思います。

 とは言えわたくしは、北浜七段に対しそれほど悪い印象は持っておりません。本局にしても、あまり圧勝しすぎても、ズル熊のズルさが際だってしまい、プロの権威を失墜させるのではあるまいかと思い、つい指し手が緩くなってしまったのでありましょう。また、新人の中村四段をあまりいじめるのはかわいそうだと思い、つい指し手が甘くなってしまったものと思われます。おそらく北浜七段は、後輩思いの優しい性格なのでしょう。そうでなければ、あのようにヘボ手を連発したことが説明できないではありませんか。あるいは、わたくしが繰り返し非難してきた「共同研究ズル」の弊害なのかもしれません。共同研究で全ての棋士が仲良くなりすぎ、将棋が馴れ合いになっているのではないかという疑いさえ生じた一局でありました。共同研究は、プロレスでいう「技合わせ」のようなものであり、完全な八百長であります。こんなものは即時禁止すべきであります。

 これらの諸問題を解決する道はただ一つ。ズル熊の全面的即時禁止であります。
コンピューターと人間
 渡辺竜王は、昨朝、NHKのインタビューでコンピューターと対戦したことについて質問に応え、「人間はズルいことを考えられるが、コンピューターはそんなことはできない」という趣旨のことをいっていました。この将棋は、相ズル熊であったとのことですが、渡辺竜王が取れる駒をとらずにコンピューターを混乱させたとの解説がありました。

 わたくしがこれまでも主張してまいりましたように、対コンピューターにおいても最後まで人間が優位であろうと思われる戦型は相ズル熊であります。コンピューターは、そもそも人間がズルを効率的に遂行するために考え出された小道具でありますが、そのコンピューターそのものが、人間がコンピューターより「優れている」能力が「ズル」であることを証明してしまったのは何とも皮肉なことであります。

 コンピューターは、人間を助けるために開発されたものと多くの人々が考えてきました。しかしながら、そのコンピューターが、逆に我々を苦しめる、ズル勢力がより効率的にズルを行うことに活用されているということに、次第に多くの人々が気がつくでありましょう。ズル勢力が、ズルの小道具として開発したコンピューターによって、ズル勢力のズルが逆に明らかになるという逆説が成り立つというわけであります。それが誰の目にも明らかになったその時が、世直しの時であります。

 革命未だならず。同志奮起せよ!!!
選挙は全て八百長である
 わたくしは、ボクシングの試合で判定負けにされた選手が激怒して「八百長だ」と言ったというニュースを見ました。要するに、本来は勝者であったはずの選手が、意図的な採点により「負け」にされたというわけであります。「勝ち」が「負け」とされるのは、百八十度結果が違うのですから、納得がいかないというのは当然理解できます。しかし、わたくしは、このようなことはどこの世界にも多かれ少なかれ存在するに違いないと思うのであります。

 その最たるものが、昨日の選挙ではありますまいか。世の中がこのように格差社会で貧困が広がっているというのに、あのように現職が無難に勝利していくのはあまりにも不自然ではありますまいか。また、マスコミ報道によると、勝つに決まっている候補者にわざわざ投票しに行く奇特な有権者があのように大多数であるとはにわかに信じがたいものがあります。誤解を恐れずに申しますと、現代ズル社会においては、多くの人々は不真面目であります。仕事においてもいかにズルをするかとか、いかに他人に仕事を押しつけるか、いかに自分を誇大に評価してもらうか等々を考え、酒を飲んでは下品な話ばかりしている人々が何と多いことか。ならば、選挙においても、「あの現職が落選すれば面白そうだ」とか「あのとんでもない候補が当選すると面白そうだ」と不真面目な動機でもって投票する有権者がもっと多いというのが自然なことであります。にもかかわらず、選挙のみは常に順当な結果が出るのであります。これはあまりにも不自然でありますから、八百長と考えるのが自然であります。

 まあ、百歩譲って開票において八百長がなかったとしても、選挙制度というものは、すべてズル勢力の有利なようにつくられているものであります。例えば東京都知事選に出馬するのにも供託金が300万円も必要であるし、組織票ズルがあるし、法定ビラとかなんとか言って宣伝しようにも一々ケチをつけられるし、ズル勢力の手先=マスコミは「事実上の一騎打ち」やら「主要5候補」やらと、勝手に選択肢を狭め、結局のところズル勢力の許容範囲の結果に収めようと世論誘導をしているのであります。これら様々なズルシステムを総合すると、そもそも選挙などというものは、ズル同士の八百長に過ぎないということなのであります。まあ、これをたとえるならば、選挙などプロレスのようなもので、最初から結論ありきなのであります。猪木が政治家になったのも、理の当然というものであります。

 選挙はこのように八百長になりますが、たった一つ、真の民主主義を保証する方法がございます。それは、わたくし加藤名人万歳の推薦を受けた候補のみで選挙を行うということであります。わたくしは、公正かつ客観的な視点から、ズルな候補者をあらかじめ排除し、真に公正な選挙を実現いたします。議院内閣制こそはズル同士の八百長に他なりませんから、内閣総理大臣は加藤一二三名人の終身職といたします。

 我らが偉大なる指導者=加藤一二三名人万歳!!!!!!
 我らが親愛なる指導者=加藤一二三名人万歳!!!!!!
 我らが輝ける希望の星=加藤一二三名人万歳!!!!!!
 革命未だならず!同志奮起せよ!!!
何人も真理を歪曲することはできない!
 わたくしは本日、NHK将棋講座を見ました。渡辺竜王の講座を見るのは初めてでありました。わたくしは最近、NHK将棋講座はほとんど見ることはございませんでしたが、今回の講座は、ズル熊とズル理論に深く関わる内容であり、わたくしはいわば当事者でありますから、この講座を見ることにいたしました。

 わたくしは番組の冒頭に、前回の講座が「急戦はなぜダメなのか」という題名で本当に行われていたことを確認いたしました。わたくしは、知人からこのことを聞いていたとは言え、まさか本当にこれほど露骨な題名がつけられているとはにわかに信じがたかったのでありますが、これが本当であったことを確認したという次第であります。まさしくこれは、我らが偉大なる指導者=加藤一二三大名人への挑戦状であり、我々はこれを正面から受けて立たねばならないというわたくしの決意を、まずは冒頭に申し上げるものであります。

 この講座は非難されるべきことは無論のことでありますが、それだけで事を済ませるわけにはまいりません。我々は、ズル勢力のいかなる攻撃に対しても、これに反撃するだけでなく、むしろ我々の闘いの武器に転化しなければなりません。実際、この講座には、わがズル理論の正しさを実証する場面や、渡辺竜王自身がわがズル理論の立場と多くの点で一致しているということが証明されました。

 渡辺竜王は、①同じ4枚の囲いであっても、穴熊の方が堅いし深い、②囲い合いになると結局穴熊の方が堅いので、振り飛車の作戦としては得策ではない、③同じ回数だけ悪手を指したとすれば、堅い分だけ穴熊が有利等々、わたくしがこれまで繰り返し主張してきたことと同様の解説をしておりました。そして、「適当に突き捨てているように見えるでしょう?適当なんです。美濃囲いだと繊細な攻めが必要だが、穴熊ですからね」とも解説していました。

 まずは、①についてはこれは言うまでもありません。これの応用が、②の考え方であります。わたくしはかつて、丸山-谷川の名人戦において、谷川名人が美濃囲いから4枚の囲いを完成させたのを見て、「ズル熊にズルの量で対抗しようとしても、結局のところズル熊の方がズルの総量では上回らざるを得ない。ゆえに、振り飛車は、ズル以外の要素でズル熊に対抗せざるを得ない。にもかかわらず、谷川名人はズルの弊害からなのか、ズルの量のみで勝負しようとしている。ゆえに、谷川名人の指し方はバランスが悪いので、丸山名人の勝ちとなります」とわたくしは一日目の時点で断定し、やはり結果はわたくしの言ったとおりとなったのであります。この②の考え方は、まさしくわたくしの理論と一致しているということができます。

 ③は、わたくしが指摘してきたとおり、「実力に関係なく勝ちやすい」というズル熊の特質を証言したものであります。少なくとも相手と同じ回数悪手を指してもズル熊が勝つと渡辺竜王自身が言い切ったわけであります。これをもってズル熊をズルと言わずして何というのでありましょうか?ズル熊は適当に指して、終盤に間違えまくっても勝ちとなるズル戦法であることが、ほかならぬ将棋界の第一人者=天下の渡辺竜王の証言で明らかとなったのであります。

 本日の講座を見て、わたくしは渡辺竜王に対して悪い印象は受けませんでした。渡辺竜王は、自らが真理と信じることを、分かりやすい言葉で言っているだけであります。もしもこの講座が社会にとって有害なものとなってしまったならば、それは渡辺竜王が悪いのではなく、ズル熊が悪いのであります。「ズルをにくみて人をにくまず」の心が大切であります。

 ズル熊が説かれれば説かれるほど、「ズル熊はズルである」との真理はますます明らかとならざるをえないでありましょう。なぜならば、真理は決してねじ曲げることはできないものであるからであります。とはいえ、この講座によって、ズル熊が爆発的に広がる恐れがあります。おそらく、これからズル熊が皆さんの通われている将棋教室などでも爆発的に蔓延する恐れがあります。わたくしはこのことを読者の皆さんに警告し、注意を促すものであります。とくに、子どもたちに害悪が及ぶことのないように、どうかよく面倒を見てあげてください。わたくしは今、将棋道場にいく余裕がないから、皆さんにこのことを是非お願いしたいのです。子どもたちが仮に穴熊を指したとしても、あまり頭ごなしに注意するわけにはいかないでしょう。大人がズルばかりしている現状では、子どもにだけ自制を求めてもかえって理不尽ですから。しかし、ズル熊を指すことによって、子どもたちが思いやりの心を失ったり、心がねじ曲がったり、忍耐力がなくなったりするのが最もいけないことなのです。この点、ぜひとも、読者の皆さんにはご指導をお願いしたいのであります。これ以上、世のズル熊党諸君のようなズル熊病患者を増やしてはなりません。

 この一年は、わが陣営としては正念場となることでありましょう。しかしながら、我々は必ずや勝利するのであります。なぜならば、真理を粘り強く人々に説き、ひとたびこれが人々に受け入れられるならば、二度と再びこれを人々は手放さないからであります。
ズル熊の正当化を狙ったあらゆる策動を粉砕しよう!
 わたくしは、友人より、「NHK将棋講座で渡辺竜王が『急戦は何故ダメなのか』というテーマで講義をした。これは加藤名人への挑戦状であり、ブログで徹底批判すべきだ」との通報を受けました。わたくしは、NHK杯戦は見ましたが、NHK講座は見ておりませんでした。そこでわたくしは、『NHK将棋講座』のテキストを購入し、渡辺竜王が何を狙っているのかをつぶさに検討いたしました。その結論はこうであります。渡辺竜王は要するに、「急戦が戦法として問題があるから、穴熊はやむを得ないのだ」と言いたいのであります。
 
 一見、この理由は、ズル熊正当化のいかにももっともな理由であるかのように見えます。しかし、このわたくし加藤名人万歳の目はごまかせないのであります。テキストでは、「急戦はダメである」ということをろくな説明もなくさっさと結論づけております。このことは、ズル熊を講座のメインテーマにすることについて、善良なる将棋ファンを騙し、「納得・理解」を得ることが、初回の講座の目的であったことを示してるといえましょう。すなわち、「ズル熊はやむをえない」あるいは「当然だ」という結論ありきの後付けの理由に過ぎないということなのであります。そうしておいて、次回以降、おもむろにズル熊をメインテーマに据え、ズル熊がいかにも正当であるかのように視聴者を誘導し、ズル熊の蔓延を推進しようという腹づもりなのであります。

 これは、ズル熊党全体=ズル勢力が仕組んだ陰湿な策動であります。我々は、ズル熊の正当化を狙ったあらゆる策動を粉砕しなければなりません。わたくしは、全国の善良なる将棋ファンの皆さんに対し、ズル熊の正当化を狙ったあらゆる策動を粉砕することを呼びかけるものであります。NHKに対し、我々は次のように断固抗議しなければなりません。
 「教育テレビで教育に最もふさわしくないズル熊を奨励する番組を垂れ流すとは言語道断である。ただちに放送を中止すること。さもなければ、NHK受信料の支払いを拒否する!」

 とはいえ、先週のNHK杯戦の高橋道雄九段-佐藤天彦四段戦はなかなか見るべきものがございました。将棋の内容は高橋九段のとてもプロとは思えないヘボい指しすぎがあって佐藤四段の快勝となりましたが、わたくしは、初出場にもかかわらず、堂々とした佐藤四段の対局姿勢・気迫にかなり好感を持ちました。したがってわたくしは、今後もNHKに対し、期待を表明するものであります。