わが闘争 ~それでもズル熊はズルい~
こんにちは、加藤名人万歳であります。私がズル理論を提唱して、はや10年になりますが、未だズル勢力は巨大であります。しかしながら真実は必ず勝利するのです。ともに手を携えズルと闘おうではありませんか!
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伝説の碁打ち・本因坊秀策を見て
 わたくしは日曜日、NHK教育テレビで「伝説の碁打ち・本因坊秀策」を見ました。まさしく「教育」にふさわしい素晴らしい内容でありました。本因坊秀策は因島で生まれ、母親に囲碁を習い、地元の城主などの支えもあって上京し、一流の碁打ちとなりました。しかし、かつてお世話になった人たちのことも忘れていません。実家への手紙は書かさず、本因坊家を継ぐ際にも、これらの人々のことを思ってすぐに返事ができなかったという場面も出てきます。本因坊秀策は、お城碁で12年間負けなしの19連勝という大記録を樹立しました。

 しかしその直後、母親が亡くなります。本因坊秀策は、実家の父親を気遣い、励ましの手紙を送ります。現在のように飛行機や新幹線のない時代でしたから、故郷に帰りたくても簡単に帰れなかったのであります。その時の本因坊秀策の心情をおもうと、わたくしは何とも言えない気分になりました。そして、本因坊秀策は、当時流行していたコレラにかかった本因坊家の人々を看病したことが命取りとなり、その半年後に34歳の若さで亡くなりました。本因坊家で亡くなったのは秀策のみで、他の人は全て秀策の看病の甲斐あって皆助かったとのことであります。秀策の死後、幕末の動乱の影響で、二度とお城碁は行われませんでした。

 このように高潔な人物である本因坊秀策が、なにゆえにお城碁19連勝という大記録を樹立することができたのでありましょうか。それは、囲碁にはズル熊のようなズルがなかったからであります。囲碁の道は、ただひたすら真理を追求することによって進むことができるのであり、人間的完成を追求する営みと同じであるからであります。しかしながら、将棋はといいますと、ズルが増大したがために、将棋に強くなるためには、人間的完成の追求は無用の長物となってしまいました。我らが偉大なる指導者=加藤一二三名人がわずか名人一期に終わり、ズル長のような人物が名人位をはじめ多くのタイトルを獲得し、日本ズル連盟会長となり、社会を混乱に陥れているのが、わが将棋界なのであります。きわめて残念なことであります。

 これらの諸問題を解決する道はただ一つ。ズル熊の全面的即時禁止であります。
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改めてズル熊はズルである
 わたくしはこの10年、ズル理論の確立・普及に努めてまいりました。しかしながら、この闘いは、ズル勢力の陰湿な攻撃を警戒しながらの慎重な配慮を要するものでありました。とはいえ、わたくしの理論は、一定程度の広がりを見せたものと確信するものであります。

 わたくしの経験では、ズル熊党は、インターネット上などでコソコソとわたくしの理論を攻撃するものの、公然とは批判してこないものであります。なぜならば、わたくしの理論は正しく、ズル熊党がわたくしの理論を感情的に攻撃すればするほど、その正しさがますます明らかとなるばかりだからであります。これまでズル熊党は、わたくしに対して様々な「論争」を仕掛けてまいりましたが、いずれも感情的でお粗末なもので、取るに足りないものでありましたので、全ての論争はわたくしの勝利に終わったところであります。この過程において、わたくしの理論はさらに深化し、その正しさがますますもって多くの人々の確信となってきたのであります。「ズル熊がズルである」という真理は、人々が日々の対局においてすでに実感しているからであります。わたくしはいくつかの将棋ファンの集まりにおいて、わたくしの理論を普及したところ、瞬く間に「ズル」あるいは「ズル熊」「ズルの弊害」といった言葉が流行したものであります。

 皆さんにはぜひとも「穴熊はズルくないか」のHPに掲載している必読の文献「ズル理論用語集」「ズル理論ノート」を学習していただきたいと思うのであります。ここには、ズル理論の基本的な用語が解説されており、楽しく学習できることと思います。そうして、これを印刷して配布するなどして、皆さんが所属される将棋倶楽部や将棋道場においてぜひとも普及・指導していただきたいのであります。
 
 真理がひとたび人々の心に入り込むならば、人々は二度とこれをとらえて放さないことでありましょう。

 革命未だならず。同志奮起せよ!!!

 
「権利のための闘争」とズル理論
 わたくしはズル理論を論ずる際に、しばしばイェーリング著の「権利のための闘争」を引用いたします。イェーリングは次のように述べております。

 「既存の法が利益に支えられている全ての場合に、新たな法が登場するためには闘争に勝利を収めなければならない。この闘争は、何世紀にも及ぶことが少なくない。これはまた、諸利益が既得権という形をとっているときにはきわめて激烈なものとなる」

 将棋のルールもまた、広い意味での「法」であるといえしょう。わたくしは、このルールに「ズル熊の禁止」の一文を付け加えようと主張しているわけであります。しかしながら、わたくしの主張に対しては、ズルという既得権を守りたいズル熊党諸君の激しい反対に遭い、それはしばしば暴言や罵倒といったきわめて激烈な形となっているのであります。わたくしの理論は必ずや勝利するものの、何世紀もかかるかもしれないイバラの道であることをわたくしは覚悟するものであります。とはいえ、わたくしはイェーリングのいうようにそのことを決して「悲劇的」とは考えておりません。わたくしの理論は真理であり、必ずや勝利すると確信しているからであります。

 イェーリングはさらに次のように論じております。
 「ある法がいったん成立したからという理由で、すなわち永久に行われることを要求するならば、それは母親に殴りかかる息子のようなものである。それは、法の理念を引き合いに出すことによって、かえって法の理念を嘲ることになる。法の理念は永遠の生存に存し、生成したものは新たな生成に席を譲らなければならない。成りしものはすべて滅ぶに値す(メフィストフェレス)」

 わたくしは、既存のルールというものがさも永遠であり、正当であるかのように決めつけるのは誤りであると考えております。将棋のルールもまたしかりであります。ズル熊を容認する現在のルールが永遠であり、正当であると決めつけるのは、ズル熊党特有の固定観念であります。狭い穴の中にこもっていると、そのようなことになりがちなのであります。

 わたくしはまた、ズル熊禁止後の将棋界にもまた、ズル熊は一定程度残存するであろうと考えております。これはちょうど、「タバコは禁止すべきであるが、一挙に禁止するのは難しい」のと似ております。ズル熊を禁止したといっても、それまでにズル熊依存症になっていた人々の禁断症状についても、社会秩序維持の観点から一定程度考慮せざるを得ないのであります。

 わたくしはその一つの考え方として、ズル熊をズルであると規定した上で、例外的に「ズル契約」という形で一定のルールの上で存在を認めてはどうかということを提唱しております。ようするに、現在は「駒落ち」というルールがありますが、その中に「ズル熊」を位置づけるということであります。わたくしはそもそも「駒落ち」は封建的な発想に支えられていることから基本的に好ましくないと思っていますから、むしろ現在においても、「駒落ち」に代わって「ズル熊」を位置づけるのはどうだろうかと考えるほどであります。ズル熊はズルであることを認めた上での「ズル契約」であれば、当事者間の合意と一定のルールを設定した上で、容認されてもよいのではないかと思うわけであります。無論こうしたことは慎重になされるべきこともまた事実であります。

 ズルとの闘いは、一朝一夕で勝利するものではなく、長い闘いを要するものであります。当面、ズル熊はズルであることを広く普及することが大事であります。そうした中で、「ズル契約」が現行ルールの中においても行われうるとわたくしは考えるのであります。
加藤留級に抗議する!!!
 昨日、我らが偉大なる指導者=加藤一二三名人は佐藤六段に敗れ、杉本六段が勝ちました。これで、加藤名人は来期もB2のままということになります。わたくしはこの結果に対し、厳しく抗議するというものであります。仮に加藤名人が勝利し、杉本六段が敗れれば、加藤名人の感動の昇級となっていたものを、このような結果をもたらしたことは、全国の善良なる将棋ファンの期待を打ち砕くものであり、あまりに理不尽であります。わたくしは、日本将棋連盟に対し、加藤名人を即時・無条件で名人位に復帰させることを求めるものであります。

 我らが偉大なる指導者=加藤一二三名人万歳!!!
 我らが親愛なる指導者=加藤一二三名人万歳!!!
 我らが輝ける希望の星=加藤一二三名人万歳!!!

 革命未だならず。同志奮起せよ!!!

 
ズル熊はあらゆるズルの象徴である
 わたくしは、社会の様々なズル現象について述べ、これらの諸問題はズル熊の禁止のみによって解決しうることを繰り返し指摘してまいりました。そうすると、「一体その問題とズル熊がどんな関係があるというのか。無関係なのではないか」との疑問がしばしば出されてきたところであります。したがってわたくしは、ズル熊とその他あらゆるズル的諸現象との関わりについて、ここで簡単に説明することといたします。

 と思いましたが、本日は少々疲れましたので、また後日ということにいたします。皆さんお休みなさい。




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