わが闘争 ~それでもズル熊はズルい~
こんにちは、加藤名人万歳であります。私がズル理論を提唱して、はや10年になりますが、未だズル勢力は巨大であります。しかしながら真実は必ず勝利するのです。ともに手を携えズルと闘おうではありませんか!
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Author:katoban
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所在:ボリビア
座右の銘:祖国か、死か!



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敵の背後を襲うのは卑怯か?
 1600年の関ヶ原の戦い前に、徳川家康が「上杉討伐」に向かった際、石田三成の挙兵に対応して退却しました。この時に上杉景勝は「敵の背後を襲うは上杉の軍法にあらず」として、徳川家康を追撃しませんでした。しかし、1577年の「手取り川の戦い」において上杉謙信は、手取り川を渡って撤退する織田軍を追撃して大勝利を収めております。このことが矛盾しているように思えて、わたくしは夜も眠れません。

 皆さん、いかがお考えでしょうか。

 われらが偉大なる指導者=加藤一二三名人万歳!!!
 われらが親愛なる指導者=青野照市名人万歳!!!
 われらが輝ける希望の星=豊島将之名人万歳!!!
 革命いまだならず。同志奮起せよ!!!
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加藤名人、58歳差対決を制す!
 棋王戦予選で加藤一二三名人(75)が現役最年少の増田康宏四段(17)に勝利 したことが、「58歳差の勝利」として話題になっております。わたくしはこの歴史的な大勝利に対し、称賛を惜しまないものであります。さすがはわれらが偉大なる指導者=加藤一二三名人であります。
 
 この将棋は、増田四段の急戦矢倉に対し、加藤名人も2枚銀を繰り出して積極的に迎え撃ち、一進一退の攻防の末に、感動的な歴史的大勝利を収めたものでありました。増田四段も終盤に粘り、才能の片りんを見せました。加藤名人渾身の指導対局は、増田四段の大いなる糧となることでありましょう。

 われらが偉大なる指導者=加藤一二三名人万歳!!!
 われらが親愛なる指導者=青野照市名人万歳!!!!
 われらが輝ける希望の星=豊島将之名人万歳!!!!
 革命いまだならず。同志奮起せよ!!!!!!!!!!
同志に与う
 「将棋世界」7月号に我らが偉大なる指導者=加藤一二三名人と、飯塚裕紀七段との対談が掲載されました。飯塚七段は今期B級1組に昇級しておりますし、この対談が実現したことを以って、我らが親愛なる同志=飯塚裕紀棋王となられたことを、ここに高らかに宣言するものであります。我々は、我らが飯塚同志のA級昇級をめざして総力を挙げて奮闘せねばなりません。そうしてA級昇級を以って、「我らが親愛なる指導者=飯塚裕紀棋王」となられます。飯塚同志の奮闘を期待するものであります。

 対談は終始、飯塚同志が加藤名人の聞き役に徹する形で進んでいきました。その中で、一つ見解の相違が見られる点がございました。我らが偉大なる指導者=加藤名人は、「アマチュア相手の指導でも私は負かします。最近は相手に花を持たせる棋士が多いような気がするが、私はそういうことはしない。飛車落ちの手合いなのに角落ちで挑んでくる人が多い。下手が強くなるためには、上手の楽な手合いで臨むのはよくないんだけど、それはアマチュアに花を持たせるプロが多いのが原因になっているんじゃないかと思う。」と言いました。これに対し飯塚同志は、「僕はアマの方にいい手を指されたら、負かして欲しいと思います。」と言いました。これに対し加藤名人は、「教育論として、褒めて育てるのはいいが、大人に対して花を持たせても仕方がない。現実は厳しいんだから(笑)。」と再度反論しています。
 
 わたくしは加藤名人の見解に賛同であります。わざと負けてあげようというプロ棋士に勝って何が嬉しいのでありましょうか。相手がアマチュアだからといって手加減をしようというのは失礼千万であります。また、「いい手を指したアマチュアには負けてあげる」という考え方は、プロ棋士の多くが共有する考え方と思われますが、これは別の見方をすると、負けた場合の予防線、言い訳のようなものであります。本気を出して負けたのでは格好がつかないから、最初から本気では指さないというのであります。こんなものは形を変えたプロ棋士の権威主義に他ならない!

 こうした点においては、飯塚同志と言えども、まだまだ人生がわかってないといわざるを得ません。しかしながら、我らが同志=飯塚棋王は、真理の道をこれからも追求していかれることでありましょう。我らが親愛なる同志=飯塚棋王は必ずや既得権益にまみれたプロ棋界の未開の殻を破り、輝かしい真理の世界への扉を開かれることでありましょう。

 我らが偉大なる指導者=加藤一二三名人万歳!!!
 我らが親愛なる指導者=青野照市名人万歳!!!!
 我らが輝ける希望の星=豊島将之名人万歳!!!!
 我らが親愛なる同志=飯塚裕紀棋王万歳!!!!!
 革命いまだならず。同志奮起せよ!!!!!!!!

 
名人位の剥奪を宣言する!
 本日の朝日杯将棋オープン本戦の森内俊之名人-阿部光瑠四段戦は、実にひどい将棋でありました。森内名人は四間飛車から端桂を跳ねるなどチョロチョロと小手先だけで捌こうとしましたが、そんな手がプロで通用するわけがありません。阿部四段に中央から動かれ、あっさりと不利になり、なすすべなくズルズルと必敗形になっていきました。大局観が全くなっていないといわざるを得ません。

 森内名人は居飛車党でありますから、あれこれと言い訳をしたいのかもしれませんが、この内容では言い訳も一切通用いたしません。名人たる者、いかなる戦形であれ、最低限の指しようというものがありましょう。しかし、本日の将棋の内容は、アマ初段程度であったといっても過言ではございません。これでは阿部四段も拍子抜けし、喜びも半減、否、百分の一でありましょう。

 この棋譜の解説を見ますと、名人の権威を飾り立てるために、ヘボ将棋を隠蔽しようとあれこれと見苦しいウソを重ねております。日本将棋連盟の機嫌を損ねるわけにはいかない観戦記者の難しい立場を思うと気の毒な気もいたしますが、天下国家のため、もっと率直に真実を語るべきであります。すなわち、「こんなヘボ手を名人が指すとは驚きだ!」と。

 もはやいかなる言い逃れも許されません。日本将棋連盟が認める名人といえども、もはやわたくし加藤名人万歳は森内名人を名人とは認めません。断腸の思いながら、ここに森内名人の名人剥奪を宣言いたします。

 森内名人としても、ここは思い切って名人位を返上し、我らが親愛なる指導者=豊島将之名人に名人位を禅譲すべきであります。わたくしはここに、名実ともに豊島時代が到来したことを宣言するとともに、我らが偉大なる指導者=豊島将之名人を大将軍に推戴することをここに高らかに宣言するものであります。

 我らが偉大なる指導者=加藤一二三名人万歳!!!
 我らが親愛なる指導者=青野照市名人万歳!!!!
 我らが輝ける希望の星=豊島将之名人万歳!!!!
 革命未だならず。同志奮起せよ!!!!!!!!!
特定チームの応援押し付けを行うな
 クライマックスシリーズが終了し、日本シリーズがソフトバンク対中日で行われることが決まりました。わたくしはたいして関心がなかったわけですが、クライマックスシリーズは結構盛り上がっていたようであります。昨日わたくしは、九州・福岡市内で若い同志たちが主催して開催された「わが国の世直しを考える会」に出席し、講演を行ったところであります。会の終了後、一杯やりながらさらに意見交換しようということになり、歩いて会場まで向かっておりました。その道中で若い同志が携帯電話を見て、とても嬉しそうな顔をしております。いったいどうしたことかと思い、尋ねてみると、「ソフトバンクが勝った。これでビールがさらにおいしく飲めそうだ」というのであります。

 「今日勝ったらもう日本シリーズだったかな。いつの間にかそんなに試合をしてたんだね」とわたくしが申しますと、「先生、まったく関心がないようですね。庶民の関心事に疎いのはいけませんね(笑)」と冷やかされたという次第であります。わたくしは「パリーグがソフトバンクと西武、セリーグがヤクルトと中日だろう。それだけ知っていれば結構関心があるってことじゃないか」とわたくしが胸を張ると、「それで自慢するんですか」と高笑いをされてしまいました。

 しかし、自分にはなんらのメリットもない野球チームの勝ちで、そんなに幸せな気分になれるものなのでありましょうか。わたくしにはちょっと理解できないところではございます。世直しをしばし忘れての会話で、わたくしの心も和みましたので、まあよしといたしましょう。懇親会場においては、世直しについての熱い議論が交わされたことを念のため申し添えます。

 わたくしが問題にしたいのは、福岡・博多駅の駅員が皆、ソフトバンクホークスのハッピを着ていたことであります。オリックスファンのある同志は、「これには辟易させられますよ」と申しておりました。ソフトバンク以外を応援している駅員もいるはずであり、これは人権侵害ではないかとの疑念さえ生じるところであります。百歩譲ってハッピの着用強要を認めるとしても、野球の応援だけを強要するのは差別的であります。すべて平等に、「がんばれ三沢!」とか「森内名人奪取おめでとう」などのハッピも着るべきであります。

 こんなことになったのもすべてズル熊のせいだ!ズル熊は即時全面禁止せよ!!!

 我らが偉大なる指導者=加藤一二三名人万歳!!!
 我らが親愛なる指導者=青野照市名人万歳!!!!
 我らが輝ける希望の星=豊島将之名人万歳!!!!
 革命いまだならず。同志奮起せよ!!!!!!!!
加藤一二三名人の後継者・豊島将之六段
 本日のNHK杯戦は牧野四段対山崎七段でありました。山崎七段は対局前のインタビューで、「二回戦では森内名人と当たるので、この将棋は何としても勝ちたい」と無礼なことを言っておりました。わたくしは牧野四段の奮闘を期待いたしましたが、内容はお粗末なものでありました。特に、▲4四歩~▲4六歩は論外でありました。さらに、後手のズル崎七段がズル熊を用いたことも、この将棋のむなしさに拍車をかけました。牧野四段の猛省を求めるとともに、ズル崎七段に対して厳しく抗議するものであります。

 これで、三週連続つまらない将棋が続いたことになります。こんなことになったのもすべてズル熊のせいであります。ズル熊は直ちに禁止せよ!こんなつまらない将棋を指したプロ棋士は出場停止とし、我らが偉大なる指導者=加藤一二三棋聖をNHK杯戦に出場させよ!!!

 ところでわたくしはこれまで、森内名人をズル棋士と規定し、「ズル内名人」と呼んできたところであります。しかし本日より、「森内名人」と呼ぶことといたします。理由は、我らが偉大なる指導者=加藤一二三名人が、名著「老いと勝負と信仰と」(ワニブックス新書)において、「かつてNHKで『加藤一二三名局集』を26週で放送したことがあり、とても評判だったと聞いています。森内九段も見たそうです」(125頁)、「森内九段も素晴らしい棋士だと思います。私は対局中、持ち時間が少なくなってくると『あと何分?』『あと何分?』と記録係に確認を取るようにしていました(今はやめています)。確認を取るというよりも、その言葉でリズムをとっているところもあり、持ち時間がなくなって1分将棋になってもついうっかりあと何分と聞いてしまう、そんなとき、ふつうは皆さん、黙して語らずなのですが、森内さんはハハッと爽やかに笑われた。その瞬間、ほんとうにこの方はいい人なんだなと感じましたね」(140頁)と、森内名人を高く評価しておられます。我らが偉大なる指導者=加藤一二三名人のお言葉は絶対であります。ゆえに、我々もまた、森内名人の名誉を回復しなければなりません。がんばれ、森内名人!

 また、この名著において、我らが偉大なる指導者=加藤一二三名人は、「今年王将戦のタイトル戦にチャレンジして善戦した豊島将之六段など、現在二十歳ですが礼儀正しく深みのある将棋を指し、立ち会いで見ていても爽やかな印象ですね」(128頁)とおっしゃっております。このお言葉から、我らが偉大なる指導者=加藤一二三名人は、豊島六段を後継者として指名したということができます。わたくしも、久保王将のズル飛車に果敢に立ち向かった豊島六段にはよい印象を持っておりました。豊島六段の「定跡研究」は、簡潔でわかりやすい解説が特徴で、名著といえます。皆さんもぜひ一読されるようお勧めいたします。また、豊島六段は、王将戦でおいしいものをたくさん食べたため、体重が増えたそうであります。豊島六段の朗らかな人間性と大物ぶりが伺えるエピソードであります。これらを慎重かつ積極的に検討した結果、わたくしは、豊島六段こそが、まさしく我らが偉大なる指導者=加藤名人の後継者としてふさわしい棋士であると判断いたしました。これにより、豊島将之六段は本日より、我らが輝ける希望の星=豊島将之名人となられました。

 豊島将之名人が我らが偉大なる指導者=加藤一二三名人さらには我らが親愛なる指導者=青野照市名人の後継者であることが決まった以上、わたくしは加藤一二三、青野照市両名人とともに、豊島名人を全力で応援することといたします。わたくしはこれまで、ズル熊やズルシステム、不機嫌中飛車など角道を止めない振り飛車、一手損角換りの禁止、共同研究の禁止、定跡書出版の禁止などを主張してまいりました。そのことは今でも変わりがありませんが、豊島名人についてはこれらすべての例外として、仮にこれらの行為を行ったとしても一切不問といたします。皆さんもそのつもりで。

 我らが偉大なる指導者=加藤一二三名人万歳!!!
 我らが親愛なる指導者=青野照市名人万歳!!!!
 我らが輝ける希望の星=豊島将之名人万歳!!!!
 革命か死か!ズル熊は即時全面禁止だ!!!!!!
楽しく学ぼうズル理論~古典学習のすすめ(その4)
ズル理論序説

 全国のズル理論支持者および反ズル熊党の皆さん、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

 今、日本は戦後最大の不景気となっております。この根本的原因とはなにか。気が付いているのはズル論者のみというのが今日の日本の状況であります。

 平成大不況は、20世紀日本が残した負の遺産によるものであります。 19世紀が植民地主義の時代であるとすれば、20世紀はズルの時代であります。日本社会のあらゆる制度、人心、芸術、学問等がズル化し、すっかり荒廃してしまっております。また、それゆえにこれを改めることもできず、今日の停滞があるのです。ズルによって荒廃した制度を、ズル勢力がますますズル化することによって乗り切ろうとしているのが現状でありますから、問題の解決が長引いているわけです。よって当分解決は無理でしょう。傷口に塩を塗る行為では問題は悪化するばかりです。

 社会のズル化は、その社会のあらゆる部分に浸透します。将棋もまたその例外ではありません。将棋もまた、20世紀後半に加速的にズル化し、今日の衰退を招いているのです。

 ズル化の根本的原因が穴熊にあることは、もはや論を待たないところでありましょう。そして、ズル熊のズルさは、ズル熊以外の戦形にも、幅広く転移しております。将棋はいまや、ズルというガン細胞に侵されているのであります。

 しかしながら、ズル熊というガン細胞を除去し、将棋を再生しようという勢力は、今のところ少数にとどまっております。それはなにゆえか?将棋界の多くがズル熊をはじめとするズルに染まり、ズルによって利益を得ているからであります。彼らズル勢力は、ズル熊という自らの既得権益を失うことを恐れ、ズル理論を激しく攻撃し、口汚く罵りました。しかし、彼らの攻撃は、単に感情論にすぎなかったため、科学にまで高められたズル理論との論争に敗れ、ズル理論は論争には完全に勝利しました。

 しかし、ズル熊禁止までの道程は非常に険しいといわざるをえません。なぜならば、現在の将棋界を支配しているのはズルという既得権益をもつズル勢力であり、そのズル勢力は、ズルの隠蔽に手を貸しているマスコミと観戦記者によって守られているからであります。ズルという甘い汁に味をしめた彼らは、ズルを使って、真面目に努力する者の苦労を踏み躙り、弱者いじめをしてきたし、これからもするでありましょう。彼らは詭弁を弄してズルを隠蔽しようとし続けるでしょうが、黒を白といいくるめようとする彼らの主張に、善良なる将棋ファンがいつまでたっても騙され続けるということはありえないでしょう。

 かつて、ガリレオ=ガリレイは、「地球が太陽の周りを回っている」と本当のことをいったばっかりに、キリスト教に洗脳された人々と、彼らの内面を支配するという既得権益を有するキリスト教会から激しく迫害されました。真実というものは、古い価値観に固執する人々の抵抗を生み、とくにそれが既得権益と結びつくときにはより熾烈なものとなるということは、人類の歴史が教えるところであります。しかし現在ではどうでしょうか。天動説など単なる笑い話にしかなりません。真理がひとたび人々の心に入りこめば、何人たりとも再びこれを奪い去ることはできません。

 人間性に反するズルの元凶=ズル熊の禁止。これは絶対に成し遂げなければなりません。そしてその前に何よりもまず、「穴熊はズルである」という当たり前の主張が通るようにしなければなりません。

 人間性に反するズルの大将=ズル熊は、将棋のズルの元凶であるとともに、現代社会のズルを象徴しております。 20世紀の遺物、 諸悪の根源=ズル熊の禁止。これなしに将棋界の未来はありえません。

(「穴熊はなぜズルいか?」 一二三書店 序文より 2002年)

楽しく学ぼうズル理論~古典学習のすすめ(その3)~
ズル理論用語集(改訂版)

(1)ズル
  特段の工夫もなく、実力に関係なく勝ちやすい形・戦法・囲いをいう。穴熊、ズルシステムがその代表例である。将棋の一要素。

(2〉偶然
  ズルの量に比例して増大する。あるいは、ズルの現象形態であるともいわれる。偶然の分析により、ズル問題の本質に迫ることが可能である。たとえば穴熊においては、偶然勝ちになったり、偶然受かったりという場面が頻出する。「偶然的に」、「偶然性の要素」等という使用法もある。

(3〉ズル方程式
  将棋の勝敗=実力+研究+ズル+偶然。将棋の一般方程式であり、将棋を映しだす鏡である。ズル理論の骨格をなす。

(4) 偶然方程式
  偶然=ズル×a(aは定数)。換言すると、「偶然は、ズルの量に比例して増大する」となる。ズル方程式を補完する方程式である。

(5〉ズル理論
  将棋にズルという要素があると主張する理論。本来感情的な言葉にすぎなかった「ズル」を、「実力に関係なく勝ちやすい」という客観的な状態によって根拠付けた点は、画期的であった。このズルの定義とズル方程式が理論の骨格をなす。具体的には、穴熊のズルさを強調し、その禁止を主張している。

(6)ズル形
  自玉に火が付き、相手玉が穴熊であるため、どうにもならない局面をあらわす。
通常はまだまだの将棋であっても、相手玉が穴熊であるばっかりに、ズルをされ放題となってしまう。ズルをする側は、何回間違ってもよいという気楽さがあるが、ズルをされる側は、腸が煮え繰り返るほど腹が立つ。

(7)Z(ズ)
  ズル形の一つで、穴熊玉は絶対に詰まない形なので、相手玉に詰めろさえかければよい状態のこと。ゆえに、駒を何枚捨てても必死さえかければよいということになるため、きわめてズルな指し手が展開される。
Zは、一般的には「ゼット」というが、穴熊の場合にまで「ゼット」というと、ズルを隠蔽する結果となるため、適切な発音ではない。

(8)成敗形
  穴熊に対する勝ちの局面のことをいう。
ただし、相穴熊はどっちもどっちなので、この言葉を使うのは適切ではない。ただし、すでに自分の穴熊が消滅している場合はこのかぎりではない。

(9)真面目形
  銀を繰り出したり、飛車を浮いたりして、真面目に駒を進めるも、相手のズルなさばきにより、駒が立往生してしまっている状態をいう。対穴熊や対ズルシステムで、ズルをされた状態ではよくあらわれる。また、穴熊側が、穴熊であるにもかかわらず真面目に銀などを繰り出して、飛車角銀桂で真面目に攻めようとすると、バランスが悪くなり、かえってうまくいかないことが多いが、このような場合も真面目形と呼ぶことがある。普段穴熊を指さない人がたまに穴熊をすると、つい真面目形に陥ってうまくいかないことがある。

(10)真面目の消滅
  真面目形になった駒を捌き、真面目形が消滅した状態をいう。真面目が消滅すれば形勢は再び互角となる。

(11)真面目の転換(移転)
  真面目となった駒を相手に取らせることで、真面目駒を取った相手の駒を逆に真面目形にしてしまった状態を指して、「真面目が転換した」、あるいは「真面目が移転した」などという。

(12)ズルの弊害
  穴熊ばかりしていたために、穴熊以外の将棋の感覚がマヒし、矢倉戦などで苦労したり、終盤で詰みを逃したり、自玉を受けそこなったりすることをいう。このような場合に、「ズルの弊害があった」という使い方をする。いわば、穴熊の副作用であるといえよう。これを省略して、「ズル弊」あるいは単に「弊害」ともいう。

(13)穴熊病
  ① 「ズルの弊害」の同義語。
  ② 穴熊党によくいる石頭の人や、「穴熊はズルである」と言うと、ムキになって怒る人のことを、「彼は穴熊病だ」という。

(14)既得権益
  穴熊党は、穴熊という自分に有利な戦法を得て、実力以上の勝ちを収めている。ゆえに、穴熊は穴熊党の既得権益である。「穴熊はズルである」というと、穴熊党はムキになって怒ることが多いが、それは既得権益を失いたくないからである。このような穴熊党を「既得権益を守りたいんだろう」等と非難するのに使われる。

(15)ズル熊
  穴熊の別称である。「穴にこもっている熊はズルい、ズルな熊だ」ということで、「ズル熊」と呼ぶのである。したがって、同じようでも、「ズル穴」と呼ぶのは誤りである。

(16)ズル熊党
  穴熊はズルであることを認めない穴熊党のことをいう。穴熊はズルであることを認める穴熊党は、「穴熊党」と呼んで区別する。

(17)ズル(城)の消滅(崩壊)
  穴熊城が消滅した局面をいう。ズルが消滅してしまえば、そこからは対等・平等の戦いとなる。多少不利であっても、ズル城が消滅すれば、逆転のチャンスがある。穴熊党は、穴熊城を追い出されると、ミスを連発することが多いからである。

(18)ズルの利
  ① 五分五分に見えた局面であっても、最後は穴熊の遠さや堅さが生きて、穴熊が勝った場合に、「ズルの利があった」という使い方をする。
  ② 苦労してズル城を崩壊させても、そのために多大な戦力を消失したために、せめが切れっぽくなってしまうことがある。対穴熊にはつきものである。
  ③ 「穴熊にされる前に動かねば」と相手が焦って無理責めをしてきたところを咎めた場合に、「これはズルの利だった」という。
  ④ 「相手は穴熊だ」と決め打ちをしたような駒組みをされた場合に、柔軟に、穴熊をあきらめ、相手が不自然な駒組みをしたことに満足し、形勢をリードしようという考え方がある。こうした場合、「これはズルの利だね」という使い方をする。

(19)ズルいシステム
 振り飛車側が早く9四歩と突いて、居飛車側の出方をみる戦法を「藤井システム」というが、9四歩の代わりに9ニ香と上がって、相手の急戦を誘い、相手が急戦をしてくればすかさず1.5ズルで討ち取る作戦をいう。この戦法に対しては、「相手に失礼ではないか」とか「あまりにも考え方が卑しいのではないか」あるいは「急戦をあまりにも軽視している」との批判がある。この戦法の欠陥は、面と向かっては指しにくいところである。

(20)ズルセコシステム
  居飛車穴熊の一種で、9六歩と突き、9七~7五~5七と角を移動させ、7七の歩を動かさないで穴熊に囲う戦法。さすがに多少無理があるようだ。

(21)言い訳囲い
  「串カツ囲い」や「ミレニアム」は、その紛らわしい名前にもかかわらず、穴熊とは玉の位置が違うにすぎない。これらの囲いは、「穴熊でない」という言い訳がましさが感じられるために、「言い訳囲い」と呼ぶ。世間一般の呼称は、ズルを隠蔽するものとなっている。

(22)ズルシステム
  通常は、棒銀に対する振り飛車側の「4二金・5三(6二)角・3二飛・4三銀」の形を総称していう。この形に組むだけで、棒銀が捌けない。最広義では、半ズルも含めて「ズルシステム」と呼ぶ。

(23)ズルの2乗システム
  通常のズルシステムは、5二の金を4二に寄って完成するが、金を4一に待機させておいて、一手得をするズルシステムをとくにこう呼ぶ。

(24)ズルの3乗システム
  最初から三間飛車に振り、棒銀を待ち構え、さらにズルの2乗システムをする。ズルの2乗システムよりもさらに一手得となる。しかし、これが実戦で実現することはまずないので、いわば理想上のシステム、夢のシステムといえよう。

(25)半ズル
  ズルシステムの角の動きを省略したズルシステムの省略型。「半分ズルい」という意味。ズルシステムに組めない場合の応急処置として、あるいは、斜め棒銀対策として用いられる。本ズルよりズルくないのかというと必ずしもそうではなく、これが穴熊と結びついたとたんに無類のズルさが発揮される。

(26)本ズル
  ズルシステムを半ズルと区別して言う場合に用いられる。

(27)1.5ズル
  振り飛車穴熊と半ズルをミックスした形をいう。すなわち、穴熊(1ズル)+半ズル=1.5ズルという意味である。この世で最もズルな戦法である。

(28)変ズル
  変化した半ズルのこと。半ズルに相手が手を焼いている隙に、5三金~7五歩~7二飛~6四金という具合に半ズルは発展していくのだが、こうした半ズルの発展形のことを「変ズル」と呼ぶ。ここに変幻自在な半ズルの特色をみることができよう。

(29)完ズル
  半ズルで、1四歩が突いてある形のことをいう。 この形に組めば、相手が棒銀できても、銀が一切捌けない。「完璧なズル」である。
 なお、ズルシステムで4六歩を突いていない形はいつでも4六角と出る手が生じ、極めてズルであるため、これも併せて「完ズル」と呼ぶ。

(30)半ズルの法則
  半ズルのズルさ=L(玉と飛車との距離)×b(bは定数)。「半ズルのズルさは玉と飛車の距離に比例して増大する」という法則のこと。半ズルは、穴熊とミックスしたときに最大限のズルさを発揮する。しかし、玉が飛車に近付けば近付くほどその効果は薄くなる。半ズルは、せめて美濃囲いまで囲わないとすべきではない。

(「初めてのズル理論」 一二三書店 巻末付録 2002年)
楽しく学ぼうズル理論~古典学習のすすめ(その2)~
ズル理論ノート

Ⅰ ズルとは、特段の工夫もなく、実力に関係なく勝ちやすい、形・戦法・囲いをいう。
たとえば、穴熊=ズル熊はその代表例である。

Ⅱ 「将棋の勝敗=実力+研究+ズル+偶然」。この方程式をズル方程式と呼び、この方程式は将棋の一般方程式である。すなわち将棋の勝敗は、実力のみではなく、諸要素の総和によって決定する。この知識を駆使すれば、弱者も強者に勝てる!
お試しあれ!

Ⅲ ズルシステムの分類

ズルシステム(広義)・・・・ズルシステム(本ズル)・・・・・・ズルシステム(最狭義)
              ・                 ・・・・・ズルの2乗システム
              ・                ・・・・・ズルの3乗システム
               ・     発展
              ・・・半ズル→→変ズル

            *穴熊+半ズル=1.5ズル

*便宜上、先手は居飛車、後手は振り飛車に統一して話を進める。

(1)ズルシステム(本ズル)とは、対棒銀の振り飛車側の構えで、3二飛・5三(6二)角・4二金の形を総称したものである。普通は、四間飛車側が、4二の飛車を3二へ、5二の金を4二に寄ることによって完成するが、この最も平凡なズルシステムが、ズルシステム(最狭義)である。

(2)四間飛車側が、最初から金を4一に待機させておいて、35歩の仕掛けを待って、4二金と上がる場合がある(例:平成11,12年のA級順位戦、加藤-中原)。すなわち、通常のズルシステムより一手得しようというのである。この場合のズルシステムを、「ズルの上塗りをした」ということで、とくにズルの2乗システムという。

(3)最初から三間飛車にして棒銀を待ち構えたうえ、さらに金を4一に待機させてズルシステムを完成させた場合は、ズルをさらに重ねたことになるので、これをズルの3乗システムという。しかし、この形に対して相手が棒銀にしてくるのはまれなので、プロの実戦例はない。いわば、ズルシステムの理念型といえよう。

(4〉このズルシステムが出現したことで、棒銀は激減した。なぜならば、この形に組むだけで、棒銀が一切さばけなくなったからである。加藤名人でさえも、おおいに苦戦していたが、平成11年の対中原戦で、このズルシステムに対して端攻めに出るという新手法を編み出している。しかし、依然として、この形に組まれるだけで実力に関孫なく勝ちにくいということに変わりがないとみられている。加藤名人以外の棋士は、かりに棒銀をするにしても、このズルシステムに組まれないように、細心の注意で駒組みをすすめる。

(5)半ズルとは、居飛車側の棒銀または4六銀戦法に対する3二飛・3三角・4二金というズルシステムの省略型をいう。ズルシステムが自玉が美濃囲い・相手が棒銀の場合に限定されるのに対し、この半ズルは、自玉が穴熊でも使えるし、むしろ穴熊の方がそのズルさをより発揮でき、しかも相手は棒銀でも4六銀戦法でもよい、という柔軟性を有している。この形に組まれるだけで、居飛車側は亜急戦を強要される。

(6〉半ズルは、「ズルシステムより手数がかからないから、ズルシステムほどズルくないのではないか」と考えがちであるが、さにあらず。たしかに半ズルは、美濃囲いであれば、相手を亜急戦に誘導するにすぎないのだから、一局の将棋であり、それほどズルくないといえる。ところが、この半ズルが、穴熊と結びついたとたん、無類のズルさを発揮するのである。

(7〉半ズルと穴熊が結びついた場合を、とくに1、5ズルという。
 すなわち、「穴熊(1ズル)十半ズル=1、5ズル」となる。

① 相手が棒銀の場合、1四歩を突いていなければ、2四歩、同歩、1五銀というせめがある。これでも振り飛車が勝ちやすいことには変わりがないが、4二金と上がる前に、1四歩を突いていたほうが無難である。この1四歩をついた形の1、5ズルに組まれると、棒銀は一切捌けない。ゆえに端歩つきの1、5ズルのことを「完璧なズル」ということで、とくに完ズルと呼ぶ。

② 相手が4六銀戦法の場合は、さらに威力を発揮する。それこそ亜急戦にするしかないのである。

③ 相手がこの半ズルに手をこまねいているうちに、振り飛車側は、まず穴熊を完成させる。ついで、4二の金を、5三~6四へ繰り出し、7五歩~7二飛としさえすれば、振り飛車必勝となる(変ズル)。たったのこれだけで、穴熊必勝となるのだから、この1、5ズルは、最強のズルということができよう。

(「ズル理論研究」 2001年5月号)
加藤名人万歳氏行方不明に
加藤名人万歳秘書でございます。
入院中の加藤名人万歳先生の姿が見当たりません。
現在、行方を調査中でございます。
加藤名人万歳氏入院!
こんにちは。加藤名人万歳秘書でございます。
加藤名人万歳先生は本日、突如体調を崩され、入院されました。
このところ、ずいぶん忙しく活動されていましたので、無理がたたったのでしょう。
幸い命に別状はないようです。
当面、ブログにつきましても、私加藤名人万歳秘書が代行いたします。
よろしくお願いします。
「推定無罪」の原則を貫徹すべきだ
 「死刑求刑の事件が裁判員裁判で無罪になった」として新聞で大きく報道されております。刑事裁判の有罪率は99.9%であり、被告人が否認している場合であっても実に97%が有罪になっているのが現状であります。そのような中で、裁判員が「疑わしきは罰せず」の原則に基づき、無罪判決を出したことは、裁判員制度導入の意義をまさに天下に示したものであり、わたくしは裁判員の皆さんのご労苦をねぎらうとともに、心より敬意を表するものであります。

 では、裁判員裁判における有罪・無罪の判決はどのようにして出されるのでありましょうか。マスコミ報道を以下に引用いたします。

裁判員裁判では、裁判官3人と裁判員6人が、評議を尽くして、有罪か無罪かを決める。全員一致にならない場合には、同じ“一票”を持つ裁判員と裁判官の多数決で結論を出す。ただ、評議の中身については守秘義務があるため、今回、無罪に至った経緯は明かされない。
原則として、過半数となる5人以上の意見が結論になるため、鹿児島地裁の無罪判決でも5人以上が無罪と判断した可能性がある。
しかし、単純に過半数の原則を適用できない例外もある。評決の際には、裁判員だけで被告に対して不利な判断(有罪の判断)をすることはできないと規定されているからだ。
被告を有罪とするには、有罪と判断した5人以上の中に、少なくとも裁判官が1人以上は含まれていることが条件となる。
 仮に、裁判員5人が有罪の意見でも、裁判官3人と裁判員1人が無罪と判断した場合、評決は無罪に。
 また、裁判員6人が全員有罪の意見だったとしても、裁判官3人が無罪の意見なら被告は無罪。逆に、裁判員6人が無罪と判断すれば、裁判官3人が全員有罪の意見でも無罪となる。

 引用が長くなり恐縮でありますが、要するに「多数決」で決めているということであります。わたくしは、「有罪か無罪か」場合によっては「死刑か無罪か」という究極の選択を多数決で決めるという制度には違和感があり、見直した方がよいと考えております。わたくしは常々、「多数意見が正しいとは限らない。むしろ多くの場合誤っている」と申し上げているところでありますが、人の命がかかっている問題を多数決で決めるのは不適切であろうと思うのであります。また、「疑わしきは罰せず」との刑事裁判の原則からしても不適切であろうと思うのであります。一人でも「無罪」と考えるのであれば、「疑わしさ」が残るものとしてすべて無罪とすべきでありましょう。特に死刑判決に関わる問題であればなおさらそうすべきであります。このようにしてはじめて、「推定無罪」の原則が真に貫徹されるのであります。

 このように申しますと、「犯罪人に肩入れをするのか」という非難の声が聞こえてまいります。しかし我々は、近代ズル革命によって、封建的な、たんなる応報としての刑罰とは決別したはずであります。「やられたらやり返す」の精神は憎しみの連鎖を生み、社会はいつまでたっても平和になり得ません。「罪を憎んで人を憎まず」の精神で、社会改革によって犯罪を抑制することにこそ力が注がれねばならぬのであります。しかも制度を作るのは人間であり、これを運用するのも人間であります。人間は必ず誤りを犯します。誤った判断により、無実の人間を死に追いやってしまったとしたら・・・。考えるだけで背筋が凍り付きます。ゆえに刑罰は抑制的であらねばならないとされてきたのであります。ところが近年、重罰化の傾向が強まっております。社会が荒廃し、他人を憎む心が強くなっているように感じるところであります。こうした動きは、近代以降の刑事法の精神に逆行するものであり、わたくしは重大な懸念を持っております。

 かような意味において、死刑制度は近代刑事法における最後の野蛮であります。ゆえに、死刑制度は廃止されねばなりません。しかしながら、死刑制度の是非については様々な意見のあるところでありますから、国民的議論が尽くされねばなりません。その過程において、あたたかな社会が作り上げられるとよいと思います。とはいえ、今はそれも無理でありましょう。マスコミがまともな報道をするはずがありません。国会でまともな議論が行われるはずがありません。ゆえにこそ、「推定無罪」の原則を厳格に貫徹させるべきなのであります。

 我らが偉大なる指導者=加藤一二三棋聖万歳!!!
 革命未だならず。同志奮起せよ!!!

大義あれば恐れなし
 朝鮮半島の緊張が高まっております。韓国の軍事演習に抗議して北朝鮮が砲弾を撃ち込んだのが始まりであります。これに対し、米韓が合同で軍事演習を行い、「北朝鮮がさらなる挑発行為を行わないよう牽制する」としており、マスコミもそのように報道しております。しかしながら、「挑発」といえば米韓の軍事演習もまた「挑発」なのであります。すなわち双方が挑発の応酬をし、それがさらに緊張を高めているのであります。このままだと、緊張がさらにエスカレートし、事態がさらに深刻になることも懸念されるところであります。

 何故にこのようなことになったのでありましょうか。わたくしがおもうに、北朝鮮と我が国をはじめとする多くの国との間に外交ルートがないということが、様々な局面においてマイナスに働いているのであります。我が国の場合、「北朝鮮のような無法な国家とは付き合わない方がよい」というのは一見そのとおりのようにも思えます。しかし、北朝鮮は現に我が国の隣国として存在しており、嫌でも付き合わざるを得ないという現実も直視しなければならないでしょう。北朝鮮が何か変わった動きをする度に、「いったい何を考えているのか」と右往左往するよりも、普段からどのようなことを考えている国なのかを把握、分析しておく方が有意義ではないかとわたくしは思うのであります。何を考えているのかがわからないから不安になり、相互不信が高まり、結果、軍事的緊張が高まるという悪循環を繰り返してしまうのであります。ここはいろいろ議論のあるところでしょうからあえて断言はいたしませんが、わたくしの考えはそのようなところであります。すなわち、北朝鮮とは国交を正常化すべきであります。

 北朝鮮の今回の行動の目的は、米国との対話を行うことであるとマスコミは指摘しております。すなわち、もともと対話を行っていれば、今回の事件は起きることなく、犠牲者が出ることはなかったのであります。しかし、米国や韓国、我が国は、「北朝鮮が変化を見せることが前提だ」としております。わたくしはそうしたことにはこだわらず、早期に6カ国協議を開催すべきだと思うのであります。早く対話をしなければ、問題がエスカレートする可能性があります。関係各国が人命を最優先した取り組みを進めるよう求めたいものであります。

 このように申しますと、「北朝鮮の言いなりになるのか」との批判が聞こえてきそうであります。しかし、我々が主張すべきを主張する自信があるならば、国交を正常化した上で、大義をもって交渉に臨めばよいのであります。大義があれば何も恐れることはないのであります。

 しかしながら、日米韓の各国は、なかなかそのような決断をすることはできないのではないかとわたくしは思っております。といいますのは、これらの国には主張すべき大義がないからであります。我が国も韓国も、米国という世界各地で戦争を起こしている巨大なテロ国家の支援を受けているのであります。米国とは直ちに手を切るべきであります。また、朝鮮人学校を高校授業料無償化の対象から外すなど、姑息ないじめをやるから我が国の大義が失われるのであります。こんな姑息なマネは絶対にやるべきではありません。

 これをたとえるならば、自分でズル熊をしながら、「ズル熊はおやめなさい」というようなものなのであります。核問題でも何でもそうではありませんか。掲げるべき大義なくして、力強い外交交渉はできないのであります。

 こんなことになったのもすべてズル熊のせいではないか!ズル熊は即時全面禁止せよ!!!!!!!!!!!
労働者とともに
 同志より、次のような手紙を受け取り、わたくしは心温まる思いが致しました。

 「私は先日、ある運送会社のトラックに軽い追突事故を起こされました。信号で止まっているときでありました。後方のトラックがジワジワと前進して軽く接触したのであります。運転手は考え事をしていてついよそ見をしてしまったようであります。私は車から降り、『どういうことか』と尋ねました。軽くぶつかっただけでケガをしたわけでもなく、車体に傷が付いたわけでもないので、相手が誠実に対応してくれれば事を大きくするつもりはございませんでした。幸い、相手も誠実な人物で、わざわざ警察を呼び、会社に連絡しました。しばらく話をしておりましたが、この事故の数ヶ月前にも事故を起こしてしまい、今回のことで会社を首になるのではないかと大変気にしておりました。そこで私は、駆けつけた社長に『これまで通り仕事が続けられるようにしてやってください。私は大丈夫ですから』と頼みました。社長も『そのようにおっしゃっていただくのはありがたい』といっておりました。事故の後ではありましたが、何か清々しい思いが致しました。『労働者を簡単に首にするような世の中はけしからん』という先生の日頃の教えが頭にあったからこそ、このような対応ができたという次第であります」

 わたくしの考えを同志がこのような形で活かしてくれたことに対し、わたくしは心温まる思いが致しました。人間失敗はつきものであります。これをいちいちとがめ立てしていたらキリがないのであります。しかも労働者は日々の過酷な労働で疲弊しているのであります。労働者は困ったときにはお互いに助けあうことが肝要であります。わたくしたちは不断に「労働者とともにある」との精神でズルとの闘いに臨んでいきたいものであります。

 これらの諸問題を解決する道はただ一つ。ズル熊の全面的即時禁止であります。

 我らが偉大なる指導者=加藤一二三名人万歳!!!
 我らが親愛なる指導者=加藤一二三名人万歳!!!
 我らが輝ける希望の星=加藤一二三名人万歳!!!
 革命未だならず。同志奮起せよ!!!!!!!!!
丸田祐三名人、健在!
 本日のNHK杯戦は渡辺竜王対糸谷五段。対局後にNHK杯名局選が予定されていたため、早期の終局が事前に明らかになっていたわけであります。渡辺竜王が圧勝したのかと思いきや、結果は逆でありました。わたくしの母は将棋の素人でありますが、「渡辺竜王は強いみたいだけど、我々のようなミスをするんだなあ」とつぶやきました。そう見えるほどの渡辺竜王の不出来な将棋でありました。珍しいことであります。感想戦では、惨敗であったにもかかわらず、渡辺竜王は実によくしゃべりました。視聴者に分かりやすいようにと配慮したのでありましょう。わたくしは率直に、こうした渡辺竜王の姿勢を評価したいと思うのであります。

 わたくしが楽しみにしていたのはNHK杯名局選でありました。内容は第一回NHK杯戦決勝、木村名人対升田九段の将棋を丸田祐三九段の解説と蛸島五段の進行で再現するというものでありました。将棋そのものは木村名人の圧勝で升田九段にとっては不本意な内容でありましたが、ズルの発生以前の将棋を見ると、何かなつかしい、ほっとするような思いが致します。そして、何よりも丸田名人が元気な姿を見せてくれたことが嬉しくなりました。聞き手の蛸島五段の進行もとてもよかったと思います。ぜひ、これを続けていただきたいものであります。

 我らが偉大なる指導者=加藤一二三棋聖万歳!!!
 我らが親愛なる指導者=加藤一二三棋聖万歳!!!
 我らが輝ける希望の星=加藤一二三棋聖万歳!!!
 革命未だならず。同志奮起せよ!!!!!!!!!
加藤敗れる!
 15日の順位戦で、我らが偉大なる指導者=加藤一二三名人が、小野修一七段に敗れるという大波乱がございました。きわめて残念であります。この将棋は、そもそもパッと▲2三歩と歩を垂らし、▲6三角と打ったというただそれだけのことで、加藤玉が危険になったもので、きわめて不運でありました。この日には、わたくしが繰り返し警鐘を鳴らしてきた教育基本法の大改悪法案が成立しており、記念すべき「ズルの日」となりました。後世の人々は、この12月15日を「ズルの日」という記念日とし、未来永劫ズル勢力やそれに騙されたすべての愚か者どもを非難し続けることでありましょう。これで我が国は、また一歩、醜い国へと進んだのであります。

 我らが偉大なる指導者=加藤一二三名人万歳!!!!!!!!
 我らが親愛なる指導者=加藤一二三名人万歳!!!!!!!!
 我らが輝ける希望の星=加藤一二三名人万歳!!!!!!!!

 加藤一二三名人は必ずや勝利する!我々もともにがんばろう!!!




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